二人目の凡人は無双する
――この声は。まさか。
俺が目を見開くのと同時に、近辺に激しい突風が発生した。
何者かが神速のごときスピードで近寄ってきている。
と。
「りゃあ! はぁっ!」
闖入者は可愛らしい掛け声をあげながら、見事な剣捌きで細剣を振るった。
一撃一撃の威力はそれほどでもない。
だが刀身が軽いことによるメリットを最大限に活かして、実に軽やかな攻撃を振るっている。そのなかば芸術のような美しさに、俺はしばし看取れてしまった。
「ヌオオオオオオッ!」
「ウガアアアアアッ!」
思わぬ奇襲に、人間たちは反撃どころではないようだ。
闖入者――マリアス・オーレルアの攻撃を防ぐこともできず、一方的に斬られ続けている。
しかも驚いたことに、マリアスは《峰打ち》に徹しているらしい。おかげで死んでいる人間たちも見受けられない。
「お、おいおい、あいつぁ……」
一番驚いていたのはルハネス・ゴーンだった。口をパクパクさせ、マリアスの華麗なる剣捌きに見入っている。
「嘘だろ……? あいつ、あんなに強かったのかよ……?」
「はは。昨日で一気に強くなったようですね」
「き、昨日でって……。完全な素人が一朝一夕でここまで伸びるかよ……!」
「――ふふん。それが妾のすごいところじゃ。顔もぷりてぃーじゃがな」
そう言ったのは、地上から舞い降りてきたリアヌ・サクラロード。
鼻を伸ばしながら自慢している様子を見て、同じくルハネスは驚愕の目を向ける。
「あ、あんたも何者なんだよ……。サヴィターを押しのけてたよな……」
「ふっふっふ。ぷりてぃーべいびーな女神サマ、リアヌ・サクラロードとは妾のこt」
「そんなことよりルハネスさん、見てください。いまがチャンスですよ!」
女神を完全無視し、俺はマリアスのいる方向を指さす。ちょうど最後のひとりを倒し終わっているところだった。
ルネガードに転移するならいましかない。
「……むむう、師匠の言葉をガン無視とはなんという……」
頬を膨らませていじける女神だったが、数秒後には気を取り直した。
「ま、サヴィターの相手は妾に任せておけ。さすがに神と対するのは荷が重かろうて」
「ああ……すまない。恩に着るよ」
「おいおいアシュリー、神とかなんとか、おまえとんでもねえ奴と知り合いだな」
控えめに苦笑するルハネス。さすがのSランク冒険者様も、神と出会ったことはないんだろう。当たり前か。
と。
「アシュリー!」
無事に戦闘を終えたマリアスが、健気に俺の名前を呼んできた。そのまま俺の胸へ突進してくるもんだから、さすがにアタフタしてしまう。
「っつあじああああああああ!?」
あかん。
いきなりこれは反則だ。
「寂しかったよぉ……。あれから百年もアシュリーに会えなくて……」
「ひゃ、百年……」
あれからそんなに修行したのか。
たしかにさぞ辛かったことだろう。
「で、でも、よく頑張ったじゃないか。いまの剣筋、昔とは比べものにならないぞ」
「うん。リアヌさんいわく、まだアシュリーには適わないらしいけど、なんとか戦えるレベルになったって……」
「そうか……」
リアヌがそう言うなら間違いないんだろう。
本当にたいした神である。
「おのれ、リアヌ・サクラロード……!」
さっきまで表情を歪ませていた邪神族の長――サヴィター・バルレが、憎々しげにリアヌを睨む。
「どこまでも小癪な女だ……! 私の計略をどこまでも邪魔しおって……!」
「ふふん。貴様らがロクでもないことを考えているのは昔からお見通しじゃ」
対するリアヌも、すさまじいまでの威圧でサヴィターを睨みつける。さっきまでのお茶らけた様子はどこにもない。
「邪神族が長、サヴィター・バルレよ。貴様らをこれ以上、放置するわけにはいかん。今日この日、妾の手で消滅させてやるかの……?」
「羽虫ごときが粋がるなよ。おまえなど、私の魔力で消し炭にしてくれる!」
そのとき。
周辺が――いや、大地そのものが大きく震動し始めた。
神同士が気をぶつけ合うことで、世界そのものが悲鳴をあげているように感じられた。
――まずい。この場にいたら一瞬で消される。
本能的に危険を察知した俺は、緊急的に転移術を発動した。向かう先はもちろん商業都市ルネガード。あのクソッタレな転生者たちを放っておくわけにはいかない。
「……健闘を祈るぞ、ダーリンよ」
転移する寸前、リアヌがちらりとこちらを見た。
「ダーリンならきっと負けない。妾はそう信じておる」
「……あんたこそ、絶対生きて帰ってくれよ。相手も相当ヤバい奴だろうが……」
「ふふ、気にするな。妾は最強のぷりてぃーべいびな……」
「だからそれはもういいって」
俺はため息とともに突っ込みを入れる。
「……じゃお互いに、幸運を」
「ふふ。承知した」
そうして俺とリアヌは、いったん別れて戦うことになった。