望まぬ再会
異様に強い二人組――
考えるまでもない。
アガルフ・て。
レイリー・カーン。
転生者二人のことだろう。
彼らはたしかに漆黒竜を倒しはした。
けれど……それより重要なことには目を向けなかったのだ。
なのに世間においては、人命救助に徹した冒険者が叩かれ、転生者が異様に持ち上げられている……
このことに違和感を覚えるのは、果たして俺だけだろうか……?
そして現在も、大臣の意味不明な命令のせいで、漆黒竜の遺体を始末できずにいる……
なんだろう。
さっきまで感じていた《とてつもなく大きななにか》が、現実味を帯びてきているような気がする。
「…………」
ルハネスが黙ったままどこかへと歩いていった。近くにいた冒険者と短い会話を交わしたあと、また戻って耳打ちしてくる。
(例の《冒険者の遺体》についてだが……かろうじて身分証が残ってたようだ。ハーネス・ルイター。俺も名前しか聞いたことねえが、間違いなくAランクの冒険者だ)
(間違いなく……)
その言葉を反芻する。
ということは、生存者の話はほぼ確定的なものとなったわけだ。彼女は嘘をついているわけでもなければ、錯乱して記憶がこんがらっているわけでもない。
――漆黒竜が現れたとき、ここを通りがかった冒険者たちは、我先にと逃げ出したわけではない。
村人たちを守るため、自身を犠牲にしてでも避難誘導に徹したのだ。世間で騒がれるほどのことはなにもない。
「誰だ。誰が嘘の情報を流したんだ……」
俺がそう呟いた、その瞬間。
「――おやおや。これは面白い。そこにいるのはアシュリー・エフォートですか」
ふいにどこからともなく声が響きわたり、俺は肩を竦めた。
おかしい。新しい気配なんてまるで感じなかったぞ。
見れば、Sランク冒険者たるルハネスでさえ、驚いたように周囲を見渡している。
彼でさえ気配を察知できなかったとなれば、あとに考えられることはひとつしかない。
果たして、さっきまでなにもなかった空間に、突如として新たな人物が姿を現した。
おかっぱ頭に、特徴的な黒縁眼鏡。身長はかなり小さいが、それは体内の魔力を操りやすいことを意味する。そして右手には、魔術師の象徴たる大杖が握られていた。
「転生者……レイリー・カーン……」
ルハネスがそう呟くのを、俺は聞き逃さなかった。
転生者レイリー・カーン。
俺の右腕を奪ったアガルフに続いて、邪神族に生み出された第二の転生者だ。
《魔法に秀でた力を持っている》と事前に聞いていたが、なるほど、奴からは果てしない魔力を感じる。転生して日が浅いとはいえ、あれなら転移術を扱うのも容易だろう。純粋な魔力量ならば、たぶん俺よりも高い。
俺は何百年も修行して転移術を使えるようになったわけだが、レイリーはたった数日で同じことができるようになったわけだ。これが凡人と転生者の違いである。
「おいおい、マジかよ。くそったれなアシュリーもいんのか!?」
続いて、二度と会いたくもないあの男――アガルフ・ディペールの声も聞こえた。レイリーと同様、深緑の輝きに包まれた状態で姿を現す。
「ふふ、アガルフさん。これは嬉しい誤算でしたね。この場でやりますか?」
「ふん、くだらん気をまわすな。あいつを殺すときは徹底的にやると決めている」
「ふふ……そうですか……」
含み笑いを浮かべるレイリー。
アガルフとはまた違った性格の悪さを感じる。
「おまえら……ここになにしにきた……!」
握り拳を掲げ、俺は連中に問いつめた。
奴らに聞きたいことは山ほどある。
なぜ、助けられたはずの村人や冒険者を助けなかったのか。
なぜ、世間で報道されている内容が事実と異なっているのか。
なぜ、漆黒竜の遺体を始末することができないのか……
奴らがすべて知っているわけではないだろうが、なにかしら噛んでいることは間違いあるまい。
「おお……怖い怖い。そんなに怒らないでくれたまえよ」
そんな俺の心情とは裏腹に、レイリーはヘラヘラ笑うのみ。
「大臣から急遽頼まれてね。《漆黒の宝眼》とはまた別に、漆黒竜の翼をお求めだそうだ」
「…………」
漆黒の宝眼。
その単語を聞いて、俺はなんとなく事の顛末を察した。
漆黒の宝眼とは、奇蹟の特効薬とも呼ばれている。
現代の医学では治せない難病すら、宝眼をかざすことで完治すると言い伝えられている。
聞いたところによると、大臣の出身地がその奇病に襲われているのだとか。
「そうか。おまえたちが漆黒竜を倒したのは……!」
「フフ、お察しの通りだよ。悪いが僕たちも子どもの使いじゃないんでね。見返りもなしに強敵と戦いたくはない」
「ふざけんなよ。おまえたちさえ気を回せば、助けられる命だって……!」
「偽善はよしたまえ。僕たちのおかげで奇病に苦しむ人を救えたとも言えるだろう?」
「ちっ……!」
ああ言えばこう言う。
かなり厄介な性格をしているな。
やはりアガルフとはまた違った性格の悪さだ。
ぶるぶる身体を震わせる俺の肩を、そっと叩いてきた人物がいた。
Sランク冒険者、ルハネスだ。
「積もる話は後だ。竜の翼がお望みなら、さっさと切り落としてくれないかね。このままじゃまた魔物が湧いてきてしまう」
ルハネスの提案に、レイリーは眼鏡の中央をおさえて笑う。
「ふふふ……そうはいきません」
「なに?」
「これも大臣からの命令なんですよ。この目で漆黒竜を見たいから、自分が来るまで始末するなとね」
「な、なんだと……!」
ルハネスがかっと目を見開いた。
「馬鹿言ってんじゃねえ! こいつの瘴気が魔物を呼び寄せてんだぞ! このままじゃ、さらに被害が……!」
「むろんその情報は届いていますよ。それでも大臣は《遺体を始末するな》と仰いました。であれば、我々はそれに従うのみです」
「…………」
腐っている。
いったいこいつらはなにがしたいんだ。
「ふふふ。まあ、そう怒らないでくださいよ。大臣ならじきにいらっしゃいます。ほら――」
レイリーがパチンと指を鳴らした瞬間、またしても、なにもなかった空間に深緑の輝きが出現した。