凡人×天才
しばらくの間、沈黙が周囲を覆っていた。
冒険者、そして魔物たちですら、俺の動きに呆気に取られているようだった。まあ、剣も魔法も使いこなせる戦士はそうそういないし、驚かれるのも無理はないと思う。
――でも、あくまで俺は凡人。
リアヌの目に留まることがなければ、いまでも下級の兵士として扱われていたに違いない。
ここで自惚れることは、すなわち成長の停滞を意味する。
「な……」
「嘘だろ……?」
「さ、さっきの転移術じゃないのか……!?」
冒険者たちが口々に喚くのを聞きながら、俺は転移術によって元の位置に戻る。その際、先輩冒険者が「わわっ!」と情けない声をあげていたのは聞こえなかったフリをしておいた。
俺は改めてルハネスを見上げると、決然と言い放ってみせた。
「俺ごときが生意気かもしれませんが……ルハネスさんの背中は守ってみせます。どうか、一緒に戦わせてください」
その言葉に、最強クラスのSランク冒険者はしばらく考え込み。
「くくく……はは……」
そして、甲高く笑い出した。
「はーっはっはっはっは! 面白え! いいぜアシュリー! おめえみたいな新人は初めてだ!」
ルハネスは自身の倍はあろうかという大剣を背中から担ぐと(腰にも小さな剣が刺さっている)、俺に背を向けて言った。
「やってやろうじゃねえか! EランクとSランクの共闘……ギルド史上初の、奇妙な戦いをよ!」
「はいっ……!」
俺は大きく返事すると、今度は先輩冒険者に顔を向けた。
「ここは俺たちで持ちこたえます! 先輩たちは生存者の捜索を!」
「お……おう!!」
かくして冒険者たちは、協力体制を敷いて生存者の救助にあたるのだった。
上級の魔物たちはたしかに手強かった。
幽世の神域で何度も戦ったゴブリンやオークとは、明らかに一線を画している。奴らは単調に殴ってくるだけだったが、スカルナイトもナイトワームも、それぞれ厄介な能力を持っている。
別名で《骸骨剣士》とも呼ばれるスカルナイトは、仲間に対する死者蘇生能力を。
そしてさっき俺が蹴散らしたナイトワームは、異臭を放つことによって敵対者を猛毒に犯すことができる。さっき休んでいた先輩冒険者も、その猛毒状態に陥ったがゆえに戦線から離れていたわけだ。
それぞれに体力も多いし、いまの俺では一撃で倒せない。ルハネスにおいてはさすがSランクというだけあって、軽々と魔物をねじ伏せているが。
けれど。
《一対多数》という戦いは、リアヌのおかげで痛いほど慣れている。一撃では倒せなかったが、あらゆる方向から襲ってくる魔物の動きを察知し、適切に対処することは造作もないことだった。
「グルアアアアアッッ!」
だから、奇妙な叫声をあげて襲ってくるスカルナイトの動きも丸見えだった。
俺は瞬時に転移術を発動し、奴の背後にまわりこむ。勢いあまって振り下ろされたスカルナイトの刀身が、すかっと空気のみを切り裂いた。
その隙を見逃さず、俺は容赦ない斬撃を背骨に見舞った。背後を狙ったということで、クリティカルヒットを示す輝きが俺の剣を包み込む。
いくら未熟な俺の攻撃といえど、ダメージが倍になるクリティカルは痛いに相違ない。悲惨な悲鳴とともに、スカルナイトは数十本の骨へと砕けていく。
これが転移術の便利な点だった。
遠い地や異次元に移動する場合は大変な労力を要するが、短距離に転移する際はそうでもない。懸命に訓練さえ積めば、無意識のうちに転移することさえ可能だ。
だから今回のように背後を狙っての奇襲にも使うことができる。
しかも背中にあたる部位はクリティカルヒットが必ず発生するので、普通に攻撃するよりも強い。
転生者のアガルフ・ディペールはレベル1の時点で《クリティカルヒット100%》を持っていたが、転移術を用いればそれくらいは容易にこなせるわけだ。
まさにリアヌ様々である。
彼女のおかげで、俺はここまで強くなることができた。
「ぬおるゃあああああああっ!」
俺の近くでは、ルハネスが大剣を剛胆にぶんぶん振り回している。一振りごとに複数の魔物を的確に捉え、すべて一撃のもとに殺している。ときおりナイトワームが猛毒の息を吹きかけようとするので、それは俺の転移術によって間違いなく防いでみせる。
このような連携によって、あれほど多かった魔物群たちはみるみるうちに消え失せていった。