凡人は田舎に帰る
行く宛をなくした俺は、とりあえず実家に帰ることにした。
もう王都には滞在できない。
職を失って家賃を払えなくなったし、さりとて他に仕事の宛もない。
……改めて、右腕を失ったのが痛いな。
いままでは徒歩で帰省していたのだが、いまの俺にはそれができない。もし魔物にでも遭遇してしまったら、戦う術がないからだ。金はかかるが、馬車を借りるしか手はない。
「はあ……」
思わずため息がこぼれてしまう。
王城を去るとき、俺に別れの挨拶をかける者は誰もいなかった。
――まあ、仕方ないよな。
今日は勇者が誕生した日。
歓迎パーティーの準備でみんな忙しいんだろう。
下っ端なんかに構っていられる余裕があるわけないんだ。
「へいらっしゃーい! 今日は酒が安いよぉ、半額だよ!」
「勇者様の誕生記念! ゴージャスな骨付き肉はどうだい?」
賑やかな王都を背に、俺は寂しく故郷へ向かうのだった。
★
「あれ? アシュリーじゃない!」
故郷に着いた俺を、懐かしい声が出迎えた。
「マリアスか。……久々だな」
「うんうん! どうしたの急に……って……あれ?」
俺の表情から並々ならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。マリアスは怪訝そうに眉をひそめた。
マリアス・オーレルア。二十一歳。
小さなエストル村において、数少ない同年代である。昔はよく遊んだものだ。
兵士の道を志し、村を去ろうとする俺を、切なそうに見送ってくれた人物でもある。いつまでも《身体に気をつけてね!》と言い続ける彼女に対して、俺はちょっと面倒に思いながら手を振ったもんだ。
白銀に煌めく長髪に、紺碧に輝く瞳。肌は透き通るように白く、誰が見ても美人だとわかる。たまに通りすがりの冒険者に一目惚れされて、そのままプロポーズされてしまうことがあるようだ。すべてお断りしているようだが。
「久しぶりに帰ろうと思ってね。父さんと母さんは元気かな」
「う、うん。元気だけど……」
マリアスは気遣うような上目遣いで言った。
「ねえアシュリー。いつも持ってた剣はどうしたの……?」
「え……」
「昔はずっと剣を持ってたじゃない。一流の剣士になりたいから、って……」
「…………」
なんて鋭い女だ。
一瞬にして見抜いてくるなんて。
「……駄目になったんだよ」
「え……」
「俺はもう剣を使えなくなった。それだけだよ」
「え。嘘、でしょ……?」
「…………」
「そ、そんな……!」
黙りこくる俺に、マリアスはすべてを悟ったのだろう。ぐにゃりと表情を歪めると、一目散にこちらへ駆けだした。そして――もう感覚のない右腕をさすってくる。
「な、なんで……? 事故……?」
「違うさ。やられたんだよ。みんなにとっての英雄――転生者にな」
「そんな、ひ、ひどい……!」
そうしてぼろぼろと涙を流し始める。
そんな彼女に、俺は思わず苦笑した。
「おいおい、なんでおまえが泣くんだよ。おまえには関係のない話――」
「だって、だって……!」
「気にするなよ。俺はほら、元気だし――」
微笑みかけながら、昔のように頭を撫でようとした。
……が、そうだったな。
右腕が動かせないんだった。
「う……う」
そんな俺を見て、マリアスの感情は頂点に達したらしい。
「うああああっ!!」
いきなり俺の胸に顔を埋め、大声で泣きだした。
「!?!?」
力強く身体を抱きしめてくるが、女性経験のない俺は、このときどう反応すればいいのかわからない。
「な、なんじゃ、どうした!?」
「マリアス? 泣いてるのか!」
騒ぎを聞きつけた村人たちが駆けつけるのに、そう時間はかからなかった。
一時間後。
「――以上が、俺が経験した顛末です」
「なるほどのう……そんなことが……」
村長宅。
俺は正座して村長と向かい合っていた。
脇にはマリアスと、そして俺の両親もいる。みんな俺の話を泣きながら聞いていた。
転生者から財宝を貰わなかったことについては、みんなから「よく言った。偉いぞ」と誉められた。まあ、それで状況が変わることはないのだが。
「……しかし、ひどいのう。腕を奪っておいてお咎めなしとは」
「はは。国にとっちゃ、俺の人生なんてどうでもいいんでしょう」
「…………」
「どうしたんですか? そんな顔しないでくださいよ。腕をなくしたのなら、別の道を探せばいいだけです。あなたたちは気にしないで、いままで通り暮らしてください」
「ア、アシュリー。おぬしという男は……」
村長はそう呟くと、首を横に振って言った。
「ワシらもできるだけ協力しよう。当面の生活費は村から出す。おぬしは気にせず心身を休めるがよい」
「いやいや、いいですよ。気にしないでくださいってば」
俺はもう二十五だ。
誰かに養ってもらうのはどうしても抵抗がある。
それに。
他人の財産で暮らすなんて、どこぞの転生者みたいで嫌じゃないか。
「……しばらくは実家に世話になりますが、生活は自分の力でやっていきます。気にしないでください」
「そうか……。おぬしがそう言うならいいんだが……」
そして見覚えのある優しい瞳で俺を見つめた。
「もし困ったことがあったらなんでも言いなさい。出来る限り協力するからな」
「はい。ありがとうございます」
そうして村人たちとの再会は終わったのだった。