とてつもなく大きな何か
さて。
宿へ戻った俺たちは、そこで一晩眠ったあと、いったん別行動をすることとなった。
聞くところによると、マリアスにはもうちょっと修行が必要になるらしい。まあ、元々俺より弱かったうえに二百年しか修行してないもんな。期間が足りてないのはなんとなく感づいていたけど。
反面、俺の修行はいったん大丈夫だということで、俺だけ現世で行動することになった。
久々の一人である。
これはこれでなかなかに新鮮なもんだ。
――冒険者ギルド。ルネガード支部。
「出てこいギルドマスター!」
「経緯を説明しろ! 無能どもが!」
ギルドの扉の前で、大勢の人間が怒りの声をあげていた。ざっと五十人ほどだろうか。全員がすさまじい剣幕で怒鳴っているものだから、俺は思わず数メートル手前で立ち止まってしまった。
「す、すみません、詳しい説明は後日、本部からありますので……」
「うるせえ! ギルドは解体だ! 解体!」
「そ、そう言われましても……」
数名の職員で対応に当たっているようだが、とても手に負えていない。いったいなにが起きたのだろうか。なぜギルド解体などと……
見れば、連中は高々と《ギルドは解体せよ!》というプラカードを掲げていた。他にもシャツやバンダナ、バッグ類にも同様のデザインが施されている。
なにかの活動団体だろうか。冒険者ギルドを嫌う連中がいるのは知っているが……
俺はこっそり職員に歩み寄ると、小声で聞いた。
(な、なあ。これはどうなってるんだ……?)
(あ、あなたは……たしか昨日登録をされた……?)
(アシュリー・エフォートだ。ルハネスさんに会いにきたんだが……それどころじゃないみたいだな?)
(いえ、ギルドは通常に運営していますよ。ルハネスさんも中にいます。詳しい話はそこで聞けると思いますので、よろしければ室内へ……)
(ああ、そ、そうだな……)
幸い、片腕のない俺は冒険者とは思われていないようで、職員と話す様子を見ても誰も咎めてこなかった。昨日と同様、依頼人だとでも思われているんだろう。
なんにせよ、これは込み入った話ができる状況ではない。大人しく室内に入るのが賢明だろう。
そう判断した俺は、そそくさとギルドの扉を開けた。
「おお! アシュリーじゃねえか!」
Sランク冒険者――ルハネスは掲示板の前で待ってくれていたたらしい。ギルドに入った俺に目を留めるや、嬉しそうに歩み寄ってきた。
「んお? 連れの嬢ちゃんはどうした?」
「宿にいてもらってます。とりあえず俺だけで来ました」
「……フム。そうか。ま、そのほうがいいだろうな。特にこんなことになっちまった以上は」
「こんなこと……」
やはりルハネスはなにか知っているらしい。外で繰り広げられている、活動家たちの異常な抗議活動について。
扉越しにも、連中の裏返った大声が届いてくる。
「聞こえてるんだろぉ、冒険者ども! てめぇらはよ、使えねえゴミくずなんだよ!」
「やめちまえ! やめちまえー!」
「解体! 解体! 解体!」
「う、うるさいですね、まったく……」
思わずため息をついてしまう俺。
俺には詳しいところまでわからないが、連中はギルドを《暴力的な組織》として批判しているらしい。
実際、馬鹿な冒険者たちが愚かな事件を犯したこともある。その他さまざまな要因が絡み合い、このような活動家が生まれたとされている。
だが、さすがにここまでやってくるのは初めて見た。連中が行っているのは明らかな迷惑行為だし、場合によっては軍が出動することもありうる。なのに……
ルハネスは呆れたように肩を竦めて言った。
「事の発端は昨日のようだな。もうひとりの転生者が誕生したらしい」
「え……」
マジか。
リアヌも同様のことを言っていたが、まさか本当に第二の転生者が登場するなんて。
「そいつの名はレイリー・カーン。アガルフとは対照的に、魔法に秀でた力を持っているようでな。……驚いたことに、二人で漆黒竜をぶっつぶしたらしい」
「な……!?」
今度こそ俺は心底から驚愕した。
漆黒竜ダイアレスモーン。
突発的に現れては災厄を引き起こす凶悪な魔物。
暴れるだけで中規模な街を破壊してしまうほどの力を持っており、王国軍でも手を焼いていた。
正確な強さは不明だが――なにしろいつ現れるか予測できないので、ちゃんと戦えたことがない――ルハネスらSランク級の冒険者でも複数でかからないと適わないとされていた。
そんな漆黒竜を……転生者はたった二人で撃破したのだ。
俺たち《現地人》にとっては、到底信じられる話ではない。
放心したままぽかんと口を開けている俺に向けて、ルハネスは続けて言った。
「悪いことにな、その近くにAランクの冒険者パーティがうろついてたんだよ。国が発表した内容によれば……そいつらは漆黒竜を見た途端に逃げ出したそうだ。近くにいる一般人を見捨ててな」
「に、逃げ出した……?」
「ああ。該当者と思われる冒険者とはいまも連絡が取れていない。本部がいま確認を取っている最中みてえだがな」
「…………」
「そのせいで、近隣の村では甚大な被害が出ててな。それもこの批判に拍車をかけているわけだ」
――なるほど。
たった二人で漆黒竜を倒した転生者と、一般人を見捨てて逃げ出した冒険者。
このニュースを聞けば、ギルドに批判が殺到するのもわからなくはない。
「でも……ちょっとおかしくないですか? なんで冒険者だけが責められるんですかね……」
「……そうだな。俺も同じことを考えてたとこだ」
俺の意見に、ルハネスも首肯によって同意を示した。
その場には転生者もいたはず。アガルフはむかつく野郎だが、あいつなら一般人の避難誘導もできたはずだ。
なのにギルドだけが非難されるのはちょっとよくわからない。
「これに合わせて、国内でもギルド解体の動きが活発化してるみてえだぜ。これは俺の勘だが――とてつもなく大きな《なにか》が起きている気がしてならねえな」
「そうですね……」
詳しいことはまだなにもわからない。
このタイミングで第二の転生者が現れたことも含めて、なにかが裏で動いている可能性がある。
「で、だ」
言いながら、ルハネスが掲示板に貼られていた紙をはがした。
「ほんとは俺の仲間たちと魔物狩りでもやる予定だったんだが、みんな後処理に追われててな。今日は俺たちだけで、この依頼をやろうと思う」