凡人、最強にまた一歩近づく
決心した後のリアヌは早かった。
転移術を用いて《幽世の神域》まで移動すると、「にひひ」と笑ってみせる。
「まずは、あのSランク冒険者――ルハネス・ゴーンについていけるくらいには強くなってもらわねばの。ダーリンよ、ステータスを見せてもらえぬか」
「お、おう……」
言われるままにステータスを開示する。そういえば前回の修行前から、ステータスなんて確認してこなかったな。
――――
アシュリー・エフォート
レベル723
攻撃力 2122
防御力 1992
魔力 3099
魔法防御力 2675
俊敏 2400
所持スキル
攻撃力アップ(小)
魔力成長補正(特大)
――――
おおお。
前回より格段に強くなってるな。
まあ翻せば、転生者どもはたったレベル5で同じくらいのステータスってことになるけどな。やっぱりチートって反則だよ。
……って、ん?
よくよく見れば、スキル欄に見慣れないものがあるぞ。
「魔力成長補正……なんだこれ」
「ふふ。気づきおったか。それこそが、おぬしが片腕を失ったことによる恩恵じゃ」
「え……」
どういうことだよ。
「ま、詳しいことは後で話そう。次にマリアス、おぬしのステータスはどうかの」
「わ、私も見せるんですか……?」
「当然じゃ。自己を知らずして鍛錬などできぬ」
「うう……。恥ずかしいですけど、わかりました……」
――――
マリアス・オーレルア
レベル8
攻撃力 3
防御力 8
魔力 28
魔法防御力 16
俊敏 28
所持スキル
気絶付与(0.4%)
――――
「うう……やっぱりすっごく弱いですね……」
涙目になるマリアス。
攻撃力3か。
ゴブリンにさえ勝てないのも道理ではあったな。
リアヌはこのステータスを予期していたんだろう、軽く頷いて言った。
「ま、気落ちすることはない。妾にかかれば、二人とも間違いなく強くなるぞい」
「本当ですか……こんな私でも……?」
「もちろんじゃ。大船に乗ったつもりでいるがよいっ!」
そう言って自身の胸をドンと叩くリアヌ。さすが神というだけあって、まさに威風堂々とした風格だ。
「では早速始めるとするかの。いくぞい」
ぱちん、と。
リアヌが指を鳴らしたのと同時、俺たちの全身をすさまじい重圧が襲った。懐かしの重力倍増だ。
「ふう……」
前回の鍛錬のおかげで俺はなんともなかったものの、マリアスはそうはいかず。
「うあっ……!」
鈍い悲鳴とともに、呆気なく地面に這いつくばった。苦しそうに表情を歪ませて、立ち上がろうともがく。当然のことながら、一向に立ち上がれそうな気配はない。
「な、なにこれ……。立てない……!」
「ふふ、重力アップの術じゃ。ダーリンのときは五倍だったが、まあ、マリアスは女子だからの。最初は三倍で勘弁してやろうぞ」
「さ、三倍って……! それでも超きついんですけど……っ!」
「知っておるよ。まずはこの重力で一周走ってみい。妾は近くで見守っといてやるぞ」
「うううっ……!」
なんというか、うん。
二百八十年前を思い出すな。
最初はこの重力で立っているだけでも辛かったもんだ。
あのときはそれこそ強くなりたい一心でがむしゃらに修行したもんだが。
「……で、俺はどうするんだ。マリアスと同じことをすればいいか」
「そんなわけなかろうて。ダーリンは魔法の修行じゃ」
「ま、魔法……?」
とうとうきたか。
「おぬしも気づいたじゃろう? 魔法系統のステータスが異様に高まっていることに」
「あ、ああ……」
たしかにそうだった。
以前までの俺は、どちらかというと物理攻撃・物理防御に偏ったステータスだった。だからこそ剣士を志したわけだし、兵士になってからもその傾向は変わっていなかった。
けれど。
たったいま確認したステータスによれば、いつの間にか魔法系統の数値が相当に高まっている。物理系統のそれよりむしろ強くなっているほどだ。
リアヌは「ふふふ」と勝ち誇ったような笑みを浮かべると、俺のもう存在しない右腕を指さした。
「……これこそが、右腕を失ったことによる最大の恩恵。魔力の超増大じゃ」
「え……」
「おぬしとて気づいたじゃろう。転移術など、熟練の魔術師でもおいそれと使える代物ではない。だが――おぬしはそれを見事に使いこなした」
転移術か。
あのときは勢いでやり遂げてしまったが、たしかに冷静に考えるとすごいことだよな。高度な魔法と呼ばれるものを、魔法を一回も使ったことのない俺がやってみせたのだから。
「不随になった右腕を切断したのは……これが目的だったってわけか」
「しかり。おぬしは晴れて最強の魔法剣士と成り上がることができる。……ま、このあとも鍛錬を続けられたら、の話じゃがな」
「そ、そうだな」
転移術こそ使えたものの、俺は魔法については素人に近い。使いこなすには相応の訓練が必要となるだろうな。
ちなみに《右腕を失ったことがなぜ魔力増大に繋がるのか》については、修行しているうちにわかるという。そうとなれば余計なことを考えず、やるべきことをやるのが最善というものだろう。
「というわけじゃ。まずは……こいつらと戦ってもらおうかの」
リアヌが嫌らしい笑みを浮かべながら片手を掲げた瞬間――俺の眼前に、無慮百ものゴブリンが出現した。片手には棍棒、防具といえば下半身を覆う布切れのみ。いまの俺であれば、たとえこの数でも取るに足らぬ相手ではあるが。
「もちのロン、剣は使用禁止じゃ。魔法の力のみで勝利してみせい」
「……ったく、いつもながら無茶言いやがって」
思わず苦笑しながら、俺はそれでも戦闘の体勢を取る。
言うまでもなく、いままで転移術以外の魔法を使ったことはない。《初級魔法》と言われるファイアボールですら、俺には扱いが難しかった。
だが不満はない。
むしろ胸を打つような不思議な高揚感が俺の脳裏を支配していた。
――俺がそうと望めば、俺はまだまだ強くなれる。もっと強くなれる。《才能がないから》と諦めていた魔法だって、諦めなければ使うことができる!――
「……どんな敵が現れたって構わないさ。どんと来い、ゴブリンどもっ!」