凡人、想われる
「え……お、俺が……?」
俺が転移術を使う?
そんなことできるはずがない。
幽世の神域でも、ほとんど剣の修行しかしていないのに。
だがそんな後ろ向きな思考は、リアヌによって否定される。
「ダーリンならできるはずじゃ。妾がそうと教えずとも、なんとなく魔力の扱い方を感じ取っておるのではないか?」
「…………」
図星だった。
二百八十年にも渡る修行のなかで、俺はある種の予感を感じていた。頭頂部からつま先にかけて、微細ななにかが巡っていることを。それの正体はわからないけれど、きっと《魔力》に類するものだろうとは直感していた。
「できるのか……? 俺に転移術なんて」
「うむ。魔力も引き出すように鍛えてきたからな」
「マジかよ……」
さらりととんでもないことを言うな。
「妾からアドバイスできることは二つ。全身の魔力を脳に集中させること。転移先のイメージを思い描き、そこに自身の魔力を飛ばすことじゃ」
か、簡単に言ってくれるな。俺は魔法に関してはド素人だぞ。
……だが、いつまでもグチグチ言ってはいられまい。リアヌの言うことにいままで嘘はなかったし、転生者や魔神より強くなる必要がある以上、ここで足踏みなどしていられない。
「ア、アシュリー? どうしたの……?」
戸惑ったように声をかけてくるマリアスに、俺はぎこちなくも笑いかける。
「待っててくれ。きっと《儀式の間》までいけばすべてわかってもらえると思うから……」
俺と転生者が初めて出会ったあの場所。
あそこまで行けば、きっとマリアスも話のすべてを理解してくれるに違いない。かつての俺がそうだったように。
さて、いっちょ頑張るか……!
転移術を発動すべく、俺が瞳を閉じたその瞬間。
「あ、そうじゃ。ひとつ言い忘れておった」
ふいにリアヌが口を開いた。
「おぬしも知っておろうが、転移術は高度な術でな。もし失敗した場合、それぞれ虚無の次元に放り出される。妾とダーリンはともかく、マリアスがひとりでそのような空間に転移された場合、生きては帰れないじゃろうな」
「え……!?」
ちょっと待て! それを早く言え!
という突っ込みも間に合わず、俺たちを新緑の輝きが包み込んだ。転移術が開始された証だ。
転移先の如何に関わらず、あと数秒もたてば俺たちは別空間に転移する。もう止めることは適わない。
もし失敗した場合、マリアスはひとり、別世界に閉じこめられることになる。
「くそっ……!」
俺は全身に流れる魔力を捻りだし、脳内に鮮明なイメージを思い描いた。
マリアスを想った途端、魔力が激流のように自身を駆け巡るのを感じる。いままで魔法なんか使えなかった俺だけれど、魔力と自身が一体化したような錯覚に陥った。
「フ……」
リアヌの満足そうな声が耳に届いた――その瞬間。
周囲の光景が超高速で後方に流れていった。俺たちは一歩も動いていないはずなのに、景色だけがとんでもないスピードで流れていき。
数秒後には、俺たちはまったく違う場所にいた。
――儀式の間。
かつて転生者と邂逅し、右腕を不随にさせられた、あの場所に。
俺は慌てて周囲を確認する。マリアスもリアヌも無事そこにいた。
成功、か……
「ふふ、ようやったの。さすがは妾が認めた男じゃ」
リアヌが嬉しそうに頬をツンツンしてくる。
「お、おまえって奴は……!」
毎度毎度、修行が過激すぎるんだよ。冷や汗が止まらなかったわ。
それでも毎回こうやって成功してしまうんだから、文句は言えないけどな。
「え、なに、ここ……?」
マリアスが当惑の声をあげて周囲を見渡す。まあ、これが普通の反応だろうな。
俺はこほんと咳払いをかますと、マリアスを見つめて言った。
「儀式の間……転生者が呼び出される部屋のことさ」
「え……ここが……? でもなんで……?」
「フッフッフ。聞いて驚くがよいマリアスよ。アシュリーの転移術により、妾たちはここまで連れて来られたのじゃ」
「て、転移術……?」
なぜだか自分のように誇るリアヌと、依然目をぱちぱちさせるマリアス。
「そ、そんなわけないでしょ……? だって、アシュリーは魔法なんて使えなかったはず……」
「しかり。理解しかねる気持ちはわかるが……まずは妾の出自について話をしようかの」
それからリアヌは諭すようにこれまでの経緯を話し始めた。女神族と邪神族のこと。転生者のこと。俺が急激に強くなったのは、幽世の神域で修行したからだということ。
最初は彼女も半信半疑だったが、《隠し部屋》の骸骨群を見て考えを改めたようだ。俺もあれには肝を抜かれたからな。仰天するのも無理はない。
「しかし……これはまた妙な空気じゃのう……」
すべての話を終えたとき、リアヌは思案顔で腕を組んだ。
「この邪曲なる魔力の流れ……もしや、第二の転生者が現れたやもしれぬな」
「な、なに……!?」
嘘だろ。
アガルフひとりだけでも相当に苦戦したってのに、あんな奴がまた誕生したってのか。
さすがに嘘だと思いたいが……あの邪神族どもなら確かにやりかねない。魔神シュバルツを討伐するにあたり、戦力は多いに越したことはないからな。
隠し部屋に転がっていた骸骨も、以前よりは増えていた気がする。新たな転生者を生み出す際、おそらく大量の一般人を犠牲にしたに違いあるまい。
「なぁにダーリンよ。臆することはない。向こうが新たな戦力を確保したのであれば――こちらも同じことをすればよいではないか」
「へ……」
ま、まさか。
「マリアスよ。これでわかったじゃろう」
リアヌが腕を組んで言った。
「魔神シュバルツに加え、転生者アガルフ・ヒドラー。これら強大な敵に抵抗するため、アシュリーは冒険者となる道を選んだのじゃ。そのうえで……おぬしはどうしたい」
「わ、私がどうしたいか……」
マリアスは数秒その言葉を反芻したあと、改めてリアヌを見据えた。
「そ、そんなの、決まってるじゃないですか……」
「ほう?」
「今回だけじゃないですよ。アシュリーは昔から剣なんて苦手なのに、《立派な兵士になる》って村を出て……。やっと帰ってきたと思ったら右腕をなくしてて……」
「…………」
「村に兵士たちが襲ってきたときも、休んでおけばいいのにひとりで突撃していって。今回は無事だったからいいけど、また村を出て行こうとしてるんですよ……? そんなの、放っておけるわけないじゃないですか……」
「ふ。そうじゃの……」
リアヌが優しい笑みを浮かべる。
「アシュリーはなんでも自分だけで解決しようとする悪い癖があるんです。だから……私が見守ってあげないといけない。たとえ危険な目に遭ったとしても、もう……あんな悲しいのを見たくないから」
そう言ってマリアスは俺のなくなった右腕を見やる。
そういえば……そうだな。
久々に村に戻ったとき、誰よりも悲しんだのは彼女だった。
もしかすれば俺よりも泣き叫んでいたかもしれない。
「――だから私も、強くなりたい。もう二度とアシュリーを悲しませないために……私がアシュリーを守れるようになるくらいに……」
「ふっふ。いいぞ。その言葉を待っておった」
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