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凡人、幼なじみと同じ屋根の下

 宿に向かう道すがら、マリアスはずっと黙りこくっていた。子猫を撫でようともせず、ただ無言で隘路あいろを進んでいく。


 俺も晴れて冒険者デビューしたところではあったが、すこしばかり沈鬱な気分だった。彼女のあんな暗い表情は見たことがない。


 いったい何故――マリアスは俺についてきたのだろう。

 剣の実力がないことは、彼女自身が一番よくわかっていたはずだ。なのになかば強引な形で彼女はついてきた。


 いつの間にか、ルネガード全体が夕陽の輝きに包み込まれていた。この時間にあっても、人々の喧噪は鳴り止まない。あちこちで商売に精を出す商人たちのなかにあって、俺たちだけが無言で街を進んでいく。


 やがて一軒の宿を見つけた。

 質、値段ともにオススメだとルハネスから案内された場所だ。やや古びてはいるが、新人冒険者にはうってつけの場所だろう。


 俺たちは受付を済ませると、指定の部屋へ向かっていった。防音はしっかりしているようで、他の部屋からは音が聞こえてこなかった。


「よっこらせ、っと……」


 部屋に着いた俺は、まずベッドに思い切りダイブした。肉体的にはともかく、精神的にはめっちゃ疲れた一日だった。


「…………」


 マリアスは荷物を床に置くと、無言でもう一方のベッドに腰掛けた。相変わらず表情は暗いままだ。


 ……ってか、ん?

 ちょっと待て。

 いまさらながら、とんでもないことに気づいたぞ。


 幼なじみとはいえ、マリアスと同じ部屋に泊まるのは初めてじゃないか? 子どもの頃は何度も《お泊まり》したけど、あのときとはほら、色々と違うだろ。


 やばい。

 そう考えると変な汗が出てきた。


「にゃーん♪」


 そんな俺に対し、子猫がからかうように足を叩いてくる。

 この女神、絶対楽しんでやがるぞ……!


「――フフ、まあそう言うでない。せっかくじゃし助け船を出してやろうぞ」


「……えっ」


 おいおい。

 俺の聞き違いでなけりゃ、この猫、いま喋ったぞ。目の前にマリアスがいるのに。


「…………?」


 当のマリアスも目を見開いて周囲をきょろきょろしている。まあこれが当然の反応だよな。


 と。

 次の瞬間、眩いばかりの輝きが子猫の周囲を包み込む。外から漏れる夕陽の光よりもはるかに強力な光度で、俺もマリアスもしばし目を細めた。


 そして数秒後、再び瞳を開けたときには、見覚えのある姿がそこにあった。


 リアヌ・サクラロード。

 女神族の長にして、人智を超えた力の使い手。俺はもちろんのこと、あのルハネスですら彼女にはまったく適わないだろう――そんな圧倒的な雰囲気を放つ女性がそこにいた。


 リアヌは首筋を右手でさすりながら、ちょっと気怠そうに言った。


「ふう、やっぱり猫の姿は肩が凝るのう……。この姿が一番楽じゃ」


「……おい」


「なんじゃダーリン(はぁと)」


 そう言って頬をツンツンしてくるので、俺は「ええい、やめろ」とはねのけた。


「なんだよその変身の仕方。前は光とか出さなかっただろ」


「ふっふーん。なにせ妾は神じゃからな。威厳を出すことが大事なんじゃよ威厳をな」


 両手を腰にあて、なぜだか偉そうに胸を張る女神。その際、豊満すぎる胸部がたぷんと揺れた。


 そしてマリアスに向き直ると、その姿勢のまま自己紹介した。


「お初にお目にかかる。おぬしがさっきまで超絶可愛いと思っていた子猫は、実は神なのじゃ。どうぞよろしく頼むぞ」


「いやいや、説明せつめい雑!」


 そんなんで理解できるわけがない。俺だったら思いっきり疑うね。


「あ、あ……」

 マリアスといえば、当然のようにパニック状態に陥っている。表情をひきつらせ、両手を頬に添えるや、

「き……!」

 と叫び出す前に、俺は咄嗟に駆けだして彼女の口を覆った。この状況で叫ばれたら色々と厄介なことになりかねない。申し訳ないけどわかってもらおう。


「ふ、ふがふが……!」


「す、すまないマリアス。これには色々と事情があってな。ちゃんと説明するから、まずは落ち着いて、ゆっくり深呼吸しよう。な?」






 マリアスが平静を取り戻すのに、それから数分はかかった。驚愕もあらわにリアヌを見つめている。


 ま、そりゃそうだよな。

 猫がいきなり人になったら誰だって驚く。


 とはいえ、リアヌが俺と親しくしていることから、そこまで警戒心は抱いていないようだけどな。


「ふう……」


 マリアスと同じベッドに腰かけ、俺は息をついた。一時はどうなるかと思ったが、無事に事なきを得たようだ。


「ふっふっふ。ダーリンよ、見事な反射神経だった。二人きりで修行した甲斐があるのう」


「お、おまえって奴は……!」


 こちとら死にかけたんだぞ。社会的にな。


「まあ、そう怒るでない。もしダーリンが間に合わないようであれば、妾がどうにかするつもりだったからな」


「…………」


 ほんとかよ。

 と疑いたくなる気持ちはあったが、リアヌの要領の良さはすでにわかっているからな。一見ふざけているようでいて、誰よりも広い視野で物事を捉えているのが彼女だ。


「し、しかし、当分はその姿を俺以外に見せないんじゃなかったのか? 気が変わったのかよ?」


「フフ。まあ、そういうことじゃな」


 リアヌは笑みとともに頷くと、再びマリアスを見下ろした。《神の威厳》とやらを出すためか、なぜか宙にぷよぷよと浮いているが、面倒なので俺は突っ込まない。


「マリアスよ。おぬしのアシュリーに対する情熱は見させてもらった。その力はきっと、アシュリーをより強くするバネとなろう」


「ふえっ!?」


 マリアスが急に顔を赤くした。


「ふふ、神の時代から、男を変えるのは女じゃと決まっておるのじゃよ」


「い、意味がわかりません。それに、あなたはいったい何者なんですか? 神とかなんとか……全然わからないんですけど……」


「そうじゃの。では一から説明しよう。アシュリーよ、妾の代わりに転移術を使ってくれまいか」

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