凡人、転生者より期待される
「あ、あなたはっ……!」
現れた人物に対し、受付嬢がピンと背筋を伸ばした。緊張しているのか、目が大きく見開かれている。
「はは。そんなに緊張すんじゃねえよ嬢ちゃん」
――でかいな。
その人物を見て、俺はまずそう思った。
俺も平均的な背丈を持っているはずだが、そんな俺よりも断然大きい。
タンクトップから浮き上がる肉体はなんとも筋骨粒々で、なんというか、とんでもない威圧を感じる。瞳にも例えがたい《力》があり、これまでに幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたような……そんな目をしていた。
ふむ。なるほどな。
さっき感じた異質な気配は、おそらく彼のものだろう。他とは一線を画する、次元を超えた強さ……
実際にも、受付嬢とか彼に萎縮しまくってるしな。冒険者としての地位もかなりのものだと推察できる。
「おっと紹介がまだだったな。ルハネス・ゴーン。一応、Sランクの冒険者をやらせてもらってる」
「Sランク……」
ってことは、ギルドでも最高位クラスのランクだな。
ちなみにランクは最低でE、最高でSSSだ。戦闘力はもちろんのこと、知能力や判断力など――あらゆる能力がギルドから認められた場合に昇格することができる。
Sランク以上ともなると世界でも数十人しかいないと言われており、その強さは《人外》と聞いたことがあった。
つまり、冒険者として大先輩にあたる存在というわけだ。
「初めまして……アシュリー・エフォートです。よろしくお願いします」
「ククク。アシュリーね。覚えとこう」
また厄介そうな奴に目をつけられたもんである。なんで毎回俺はこうなるんだ……
「おい嬢ちゃん。こいつの試験は俺が受け持つ。いいだろ?」
「え……で、でも、あなたが戦ってしまったら……!」
「そ、そうですよ! 一般人なんかがルハネス様と戦ってたら、一瞬で消し炭になってしまいます!」
テンパる受付嬢に続いて、他の冒険者たちも口々に喚き立てた。
うん。そうだろうな。
俺もわかるよ。こいつのとんでもない強さが。
「だっはっは。心配いらねえよ。だって――」
瞬間。
ルハネスがすさまじい勢いで剣を繰り出してきた。一般人には到底視認できないようなスピードだ。
――が。
俺はあえて避けなかった。
ピタリ、と。
ルハネスの剣が、俺の首筋ギリギリのところで止まった。
「……アシュリーよ。なぜ避けなかった」
「殺気を感じませんでしたからね」
「ほう……」
剣を鞘にしまいつつ、ルハネスが「ククク」と含み笑いを浮かべた。
「やはりとんでもないな。俺の目は正しかったということか」
「…………」
なるほどな。
他の冒険者たちと違って、ルハネスは俺の強さを見破ってきたらしい。達人の域に達しているからこそできる所業といえよう。
いまでこそ俺も気配を探ることができるが、それも幽世の神域で修行した甲斐あってのことだからな。
「アシュリーよ。今度は本当に斬りかかるぞ。いいな?」
「は――」
ちょっと待て。
こんなところで剣のやり合いなんて……!
俺が止める間もなく、ルハネスが再び剣の柄に手を添える。
と思った瞬間には、横薙ぎの一撃が右方向から迫ってきた。さきほどよりも速度が桁違いだ。
「ちっ……!」
思わず舌打ちをかまし、俺も剣を抜いた。
まったく、なんで毎回毎回こんな面倒事に巻き込まれるんだよ……!
俺は咄嗟に防御の姿勢を取り、ルハネスの剣を防ぐ。だが奴の攻撃はそこで止まらない。立て続けに放たれる《突き攻撃》に、俺はしばし無言で守りに徹した。
「……っ!」
一撃一撃があまりに速く、そして重い。
おそらくだが、現時点ではあの転生者よりも格上だと思われる。重厚だが精練された身のこなしに、俺は敵ながら見とれてしまった。
すさまじい金属が連続して鳴り響く。俺とルハネスが剣を振るうたび、突風が周囲を舞う。
そして一際甲高い金属音が鳴ったところで、俺たちの打ち合いは終了した。
「…………」
「…………」
互いの剣先が互いの首筋を捉えた格好で、俺とルハネスはしばし見つめ合う。
「マ……マジかよ……」
気づけば、受付嬢や周囲の冒険者たちが呆然と俺たちの打ち込みに見入っていた。ある者は目玉が飛び出んばかりに驚愕し、ある者はガクガクと震えている。
「あ、あいつ、左腕だけでルハネスさんと互角だと……?」
「何者なんだよあいつ……」
……いや。
正確には互角ではない。
ルハネスはこれでも手加減してくれている。《人外》と噂される彼が本気を出したら、おそらくいまの俺では適うまい。
「……ククク」
ふいにルハネスが含み笑いを浮かべた。
「いいじゃねえかアシュリー。ワクワクするよ。おまえさんみたいな奴と会えるのは」
「……光栄です。《剛毅》のルハネスさん」
「やめろよその二つ名は」
ルハネスは剣をしまい込みながら苦笑する。
「しかし惜しいよな。おまえさんが右腕も使えたら……って考えるとよ」
「そうでもありませんよ。剣技とは己のはるか果てにあるもの――師の言葉を信ずれば、片腕しかないことも決して負の遺産ではありません」
「ほほう。もうその境地に達しているか……。こりゃ俺が抜かれる日も近いな。いい師を持ったみてえじゃねえか」
「にゃーん♪」
いつの間にか床に避難していた子猫が、嬉しそうに鳴いた。
同じく剣をしまい込む俺に向けて、ルハネスが再び口を開く。
「アシュリーよ。聞いているか。先日誕生したばかりの転生者――アガルフ・ディペールのことを」
「……ええ。名前だけは」
まさかまたその名前を聞くことになろうとは。
若干の嫌悪感とともに返答する俺に、ルハネスは乾いた笑みを浮かべる。
「……あいつ、すごいらしいな。迫りくる魔物の大群を蹴散らしたり、災害級の魔物を単身で倒したり。しかもまだレベル5っていうじゃねえか」
ぐっ。
レベル5であの強さかよ。
俺もまだ自身のステータスは確認していないが、たぶんレベルだけならあいつよりかなり高いと思うぞ……? 戦闘ではほぼ互角だったけどな。
しかも《幸運》とかいうぶっ壊れスキルまで持ってるし、今後もたぶんチート能力を身につけていくんだろう。
改めて、転生者との壁を感じるな。
「にゃんにゃんにゃーん」
子猫が気にするなといったふうに俺の足をつついてくる。
「俺もあいつに会ったよ。たしかにとんでもねえ才能を持ってそうだな。いずれは俺を超えるだろう。だが――あの野郎はどうもいけ好かねえ。完全に自分の才能に溺れてやがる」
「はは……そうですね。気持ちはわかります」
「俺は信じてみてえんだ。よそ者のチート能力じゃなくて……俺たちの、俺たちにしかねえ力を」
「ルハネスさん……」
「アシュリーよ。おまえさんはまだまだ未熟だが……見所はありそうだ。どうだ、パーティーでも組まねえか。他にもSランク級がいるぜ」
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