凡人、多くの視線に晒される
「撒けたか……」
背後からの忌々しい気配が途絶え、俺はほっと一息ついた。
エストル村と違って、この街にはどんな人間がいるかわからないからな。今後も警戒を怠ることはできないだろう。
俺の右腕がないことも、残念ながら舐められかねない要因となっている。
「あ、あの、アシュリー……?」
マリアスが遠慮がちに訊ねてきた。
「ん?」
「その……いつまで、手、繋いでるの……?」
「あ。すまんすまん」
撒くのに必死すぎてすっかり忘れてたわ。あの転生者みたいに俺は器用な性格をしてないんでな。
「どうしたんだマリアス。顔赤くないか?」
「む、むー……」
「な、なんで怒ってんだよ」
「知りませんっ。もう」
ぷいっと顔をそむけられてしまった。意味がわからん。
「にゃーん……」
いつの間にか正気に戻っていたリアヌが、呆れ気味に俺を見つめていた。
「そ、そんなことよりほら、着いたぞ。冒険者ギルド」
いま俺たちの眼前には、薄茶色の建造物がそびえている。観音開きの扉の上には《guild》の看板が掲げられ、室内からは多くの《人の気配》を感じる。さすがはギルド支部だけあって、洗練された気配ばかりだ。
なかでもひとりだけ、他とは一線を画する冒険者がいるようだな。たぶん上位の戦士だろう。
「ぼ、冒険者……? アシュリー、冒険者になるの?」
「ああ。各地の情報を集めるとなれば、これが一番効率がいいからな」
魔神シュバルツがどこに潜んでいるかわからない以上、まずはすこしでも有力な情報を探っていくしかあるまい。
依頼をこなせば報酬ももらえるし、ベストな選択だと思う。
「で、でも、大丈夫なの……? 試験に受からないと冒険者になれないんだよね……?」
「ん? ああ。そうみたいだな。それがどうした?」
「…………」
心配げに俺を見つめるマリアス。
そうか。
彼女はまだ俺が強くなったことを知らないんだな。勇者と戦ったときは気を失ってたし。
片腕のない俺が冒険者になるなんて、さぞ不安になるだろうよ。
「平気さ。心配するなよ」
「……う、うん。ならいいんだけど……」
いまだ不安そうな表情を浮かべるマリアスに頷きかけると、俺は左腕で扉を押した。ギィ、と重々しい音を立てながら、扉が後方に流れていく。
――冒険者ギルド、ルネガード支部。
訪れたのは初めてだが、おおかた聞いた通りの雰囲気だ。所々に設置された掲示場に、歓談用のテーブル。奥には依頼用と冒険者用のカウンターがあって、それぞれ受付嬢が控えている。
ざわっと。
俺が室内に入った瞬間、冒険者たちの視線が刺さるのを感じた。たぶん悪気はないんだろうけど、すさまじいまでの威圧感だ。
「ひゃっ……」
マリアスが俺の腕にしがみついた。
「おい、当たってるぞ」
「無理無理無理。怖い……」
「…………」
まあ、ただでさえ人混みが苦手みたいだからな。そのうえ多くの男たちに視線を向けられたら怖いもんか。
……仕方ないな。
俺は咳払いをかまし、そのまま冒険者用のカウンターへと歩を向ける。
「君たちは……依頼者かな?」
近くにいた冒険者が話しかけてきた。眼鏡をかけており、柔和そうな雰囲気を醸し出している。
「依頼者のカウンターはあっちだよ。間違えないようにね」
はは……依頼者か。
勘違いされるのも無理はない。
片や右腕のない男、片や剣も扱えない女。
あと猫。
誰も冒険者登録しにきたとは思わないだろう。
「ありがとうございます。でも今日は冒険者登録をしにきたので」
「え……?」
「失礼します」
先輩冒険者に頭を下げると、再び俺はカウンターに向けて歩き始める。
ざわざわ、と。
周囲の視線がさらに刺さってくるのを感じた。
うん。
こうなることはわかっていたけど、かなり気まずいな。
たぶん、かなり珍しいんだろう。片腕をなくしたのに冒険者を志すということが。
「にゃーん」
さすがというべきか、リアヌだけは俺の肩の上で欠伸をかましている。神の名は伊達じゃないな。
ほどなくしてカウンターに到着した俺は、後頭部をかきながら言った。
「あの……冒険者に登録したいんですけど」
「は、はい。わかりました」
受付嬢が気遣わしげに俺を見つめた。
「登録するためには試験がありまして……それに合格する必要があるんですけど。大丈夫でしょうか?」
「ええ。問題ございません」
リアヌのおかげで、一般兵くらいなら瞬殺できるようになったからな。さすがに大丈夫だとは思う。
「わ、わかりました。では試験会場はそちらに――」
「待て。そいつの相手は俺がやろう」
ふいに、見知らぬ人物が会話に割り入ってきた。
お読みくださいましてありがとうございます!
面白かった、
続きが気になる、
と少しでも感じられましたら、ブックマークや下の評価ボタンから評価をお願い致します!