転生者「あれれ? 俺、またなんかやっちゃいました?」
「そんなそんな! 滅相もありません、勇者様!」
ふいに周囲の魔術師たちが割って入った。
「この者は口下手なところがありましてハイ! 内心ではきっと、勇者様のお相手になることを喜んでおられますよハイ!」
「ほう? そうなのか、兵士よ」
「…………」
わかっているだろうな、という感じで魔術師たちが睨みつけてくる。
はあ。
もう、どうにでもなれ……
「はい。勇者様、申し訳ありませんでした……」
「そうかそうか。兵士よ、名はなんという?」
「アシュリー・エフォートと申します……」
「アシュリーか。ふむ。覚えておこう」
あかん。
目をつけられてしまった。
なんだって俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。なにもしてないだろ……?
「おい魔術師たちよ。なにか良い武器はないか?」
「そうですな……。これはいかがでしょう」
そう言って魔術師が差し出したのは、キラキラと金色に輝く剣。
……おいおい。
まさかあれで試し斬りするわけじゃないよな。
「ほう。立派な剣だな」
「ハイ、それはもう王家に伝わる宝剣ですから。勇者様にぴったりのお品かとハイ」
「ほぉ。素晴らしい。気に入ったぞ。これが異世界か……」
転生者はしばらくうっとりしたように剣を眺めていたが、数秒後、我を取り戻したように俺を見据えた。
「ではいくぞアシュリー! おまえも剣を持て!」
「はい……」
なかばげんなりしながら剣を構える。
なんだこの臭い茶番は。勝てる見込みのない勝負に、どうして付き合わなくちゃいけない……
「とぅりゃあ!」
奇妙なかけ声を発して疾駆する勇者。
だがそのスピードは尋常ではなかった。
兵士として長年鍛錬していた俺でさえまったく視認できなかった。
そして。
「か、はっ……!」
次の瞬間には、俺の全身は無惨に切り刻まれていた。防御もなにもあったものではない。直撃だ。
おいおいおい……!
なんだよこれ。なんだよこれ。なんだよこれ……!
視界が暗転し、俺は呆気なく崩れ落ちた。
もう呼吸さえままならない。
激痛しか感じない。
「おお……! 勇者様、さすがでございます!」
「そうか? ただ普通に走って斬っただけなんだが」
「なんと……! あれでも本気ではなかったというのですか?」
「ありゃりゃ。もしかして俺、やりすぎちゃったのかな?」
ふざけんな。
俺はただの踏み台かよ……!
俺の人生いったいなんだったんだよ。いきなり異世界から来た男に、こんな無様な姿を晒すなんて。
マジでふざけんなよ……!
「ん?」
動けない俺に転生者が気づいたのは、それからまた数秒後のことだった。
「ってかこいつ死にそうじゃん。おい、誰か治してやれ」
「ハッ! すっかり忘れておりました! すぐに取りかかります!」
★
魔術師の使用した《回復魔法》とやらで、とりあえず体調は回復した。あれだけひどかった激痛もひとまず収まっている。
だが――
だからといって、俺の怒りは簡単に収まらなかった。
こちとら死にかけたのに、誰も謝罪なんてしてこない。それどころか、いまだに「勇者様さすがです」を繰り返している始末である。
そして、そんな転生者に手も足も出なかった自分が情けなかった。
相手は歳も経験も下なのに。
転生者というだけであっさりと出し抜かれるなんて。
こんなひどい仕打ちがあるだろうか。
……まあいい。俺に才能がないのは昔からわかっていたことだ。
いままでのように、ひたすら兵士として任務に尽くすのみ。そうすれば生活はしていける。
そう思いながら、床に転がった自身の剣を取ろうとした。
のだが。
――あれ?
おかしいな。
右腕が動きづらい。
まったく動かせないわけじゃない。
だが……
「……まさか」
嫌な汗が頬を伝った。
緊張を振り払うようにして、床に落ちた剣を持ち上げようとする。
が。
――カラン。
俺の右手から離れた剣が、虚しい金属音をたてながら転がっていく。
「…………」
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
意図せずして足がふらついてしまったが、なんとか踏ん張る。
回復魔法によって見かけ上のHPは回復しても、事故などによって《部位欠損》が発生した場合、それだけは治せない場合がある。
たとえば、腕が切られた場合などは、もう一生治せない。その状態のまま生きていかねばならないのだ。
いま現在、俺の腕は切断まではされていない。
だが、魔術師の回復魔法でも治らなかったとなると……嫌な予感が頭をよぎる。
「あの……ちょっといいか」
「ん?」
呼ばれた魔術師が振り返る。そしてあからさまな侮蔑の表情を浮かべた。
「なんだ貴様。まだそこにいたのか。とっとと護衛の任に戻れ」
「いや……できないんだ。剣が持てない……」
「なに……?」
さすがに驚いたか、魔術師はきょとんと目を見開いた。そしておもむろに俺の腕をさするや、「うむ、うむ」とひとりでに頷いている。
「なるほどな。部位欠損みたいだ」
あまりにも軽い調子で言う魔術師。
「まあ、運が悪かったな。こういうこともあるだろう」
「な、なんだと……!」
「仕方ないだろう? 勇者様が試し斬りをしたいと仰ったんだ。必要な犠牲だったんだよ」
「…………」
ここまできて、俺の怒りはピークに達した。
だってそうだろう?
転生者のせいで、俺は今日から剣を握れない。そんな兵士は使いものにならないので、問答無用でクビになるだろう。
いままで努力してきたぶんがすべてパーになるんだ。
それどころか――右腕がなければ、他の仕事さえままならない。
それを《運が悪かった》で済ますなんて、本気で頭おかしいんじゃないのか?
「おい、ふざけんなよ。そんなんで許されるわけが――」
「あー。なるほどね。はいはいはい。腕が動かなくなっちゃったのね」
こちらの話を聞きつけたのか、転生者が会話に割り込んできた。
「アシュリーくんよ。これは俺の責任だ。俺は本気を出さなかったけど、アシュリーくんはそれで腕が動かなくなっちゃたんだよね?」
「…………」
「なあ魔術師。さっき言ってたよな? 国王から財宝の一部をもらえるって」
「あ、ハイ。それはもちろんでございます。勇者様ですからハイ」
「けっこう貰えるのか?」
「そうですねー。平民なら一生遊んで暮らせるかとハイ」
いまだゴマをする魔術師に、転生者は満足げに頷いた。
「よしわかった。であれば、俺がもらう財産をアシュリー君にやろう。それならいいだろう?」
「おお……!」
と魔術師たちがなぜかどよめいた。
「なんという慈悲深さ……。さすが勇者様です……!」
「あれれ? 俺、またなんかやっちゃいました? これくらい普通じゃない?」
「これは人民に知らせる必要がありますな! 慈悲深き勇者様、と……!」
はあ……。
もう、馬鹿馬鹿しくなってきた。
結局、俺は踏み台に過ぎなかったのだ。
転生者をいい気分にさせて、なんとか魔神討伐をさせるための《必要な犠牲》。
国にとっては、俺の右腕よりも、転生者の機嫌のほうが大切なんだろう。
そりゃそうだよな。
俺なんかよりも、転生者のほうが魔神を倒せる可能性が高い。
俺のいままでの《努力》なんて、転生者の機嫌に比べれば安いものなんだ。
「……いいです。金なんていらない」
「んお? マジ? いらないの?」
まったく悪びれることもなく、ふざけた口調で聞いてくる転生者。
俺にだってプライドはあるからな。
こんな奴らから金を貰うほど腐ってない。
「いらないと言ってるだろう。そんな汚ねえ金」
「ふーん。でもさ、どうすんの? 右腕がなきゃ、暮らしていけなくない? 仕事どうすんの?」
「知らん。自分の人生は自分で決めるさ」
「あっそ。まあ、頑張ってねー」
こうして、俺――アシュリー・エフォートは王都を去った。
このときは思いもしなかったんだ。
腕を失った俺が、また剣を握って王都に来ることになるなんて――
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