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凡人、呆れ果てる

 草原にて。

 俺の幼なじみ――マリアスが、ゴブリンに向けて剣を振るう。


 が。


「えいっ!」

 ――当たらない。


「ていやっ!」

 すかっ。

「ていやあぁあ」

 すかすかっ。

「うおいやぁぁあ」

 すかすかすかっ。


「ぜぇ……ぜぇ……なんで、当たらないの……」


「…………」


 両膝に手を当てて疲れ果てている姿を見て、俺は思わずため息をつく。


 彼女にとっては重いのか、満足に剣を持つこともできていない。そのせいで攻撃の軌道がデタラメなのだ。


「ぴ、ぴきぃ……?」


 さしものゴブリンも首をかしげてマリアスの様子を窺っている。


 まあ、この魔物は知能も戦闘力も低いからな。隙を見て襲ってくる素振りもなく、ただ首をかしげているのみだ。


 ――エストル村を出て数時間後。

 俺たちは一体のゴブリンを発見した。


 マリアスの力量を確認したかったところだし、とりあえず戦ってもらおうとしたのである。


 が……ここまでマリアスが弱いとは思いもしなかった。


「おまえさ……剣、扱えるって言ってたよね?」


「あ、扱えるもん! 木刀で戦ったことあるもん!」


 剣ってそっちかよ。


「……すまん。その感じじゃ、村に帰ったほうがよほど安全だと思うんだが」


「そ、そんなことないって! ほら見てて……ってああっ!」


 ばたんっ。

 剣の重量に負け、情けなく尻餅をつくマリアス。

 水色だった。


「に、にゃーん……」


 リアヌ・サクラロードこと子猫が呆れ果てたように鳴き声をあげた。ちなみにマリアスは猫の正体を知らない。彼女がそれを話すに足る人物なのかを見極めるのだという。


 ……参ったなぁ。

 村からそこそこ歩いてきたし、いまから引き返すのは結構面倒だぞ。


 と。


「ぷぎゃー!」


 急に気が変わったのか、ゴブリンがいきなり雄叫びをあげた。そして棍棒を構えるや、尻餅をついたままのマリアスへ歩み寄っていく。


 あー。

 これはあれだな。


 一説によると、ゴブリンは人間のあられもない姿に欲情するらしい。マリアスの下着を見て、よくない感情が爆発したのかもしれないな。さっきまであんなにのんびりしてたのに。


 と、そんなこと考えてる場合じゃないな。


「ふう、仕方ないか……」


 まさか最弱の魔物たるゴブリン相手に助太刀することになろうとは思わなかったが、さすがにこれ以上は放っておけない。マリアスが挽回する可能性はどう見ても低いだろう。


「え、え……。嘘っ……」


 予想通りというべきか、マリアスはパニックに陥ってしまったようだ。尻餅をついたまま後方に逃げようとしているが、そのスピードはたかが知れている。


 俺は咄嗟に駆け出すと、剣の柄を手に取った。


「……せあっ」


 そのまま抜きざまの一撃をゴブリンの胴体に見舞う。

 たしかな手応えを感じた俺は、さらに数メートル走ったところで停止。そして剣を鞘に戻したときには、ゴブリンは声もなく横たわり、息絶えていた。


「え……?」


 マリアスはなにが起きたのかわからなかったようで、数秒の間、目をぱちぱちさせていた。


「さすがに危なそうだったからな。助太刀させてもらったぞ」


「…………」


「あと、さすがに立ち上がってくれないかな。その姿勢は……色々と目のやり場に困る」


「……っ!」

 マリアスは顔を上気させるや、慌てたように両足を閉じた。そのままのろのろと立ち上がる。

「ご、ごめん。迷惑かけちゃったみたいね」


 さすがに恥ずかしいのか、脇を向いたまま謝るマリアス。顔は真っ赤なままだ。


「というかアシュリー強すぎだよ。まったく見えなかったんですけど……」


「ゴブリン一体くらいならこんなもんさ」

 リアヌのおかげで攻撃の精度は上がってるけどな。

「まあそれは一旦置いといて。さすがにちょっと……剣も持てないなんてな……」


 あれは間違いなく、戦闘以前のレベルだぞ。

 いつ転生者どもが攻めてくるかもわからないのに、さすがに危険じゃないか。


「ここからちょっと歩いた先に街があったよな? 金は出すから、馬車に乗って帰ったほうが……」


「!? それは嫌だ!」


「え……」


「お願い。一緒にいさせて。なんでもする。雑用も全部やる。剣も使えるようにする。だから……」


「え、えっと……?」


 なんでここまで必死になるんだろう。彼女にとってもそこまでメリットがあるとは思えないんだが。


「にゃんにゃ~ん」


「どわっ」


 甘えるような鳴き声をあげ、子猫が俺の肩に乗っかってきた。そのまま俺の耳元で囁く。


(ま、妾は構わぬと思うぞ? 周囲に邪神族の気配はないからな)


(だ、大丈夫なのか……? たしかに気配はないけど、転移術とか使われたらどうするんだよ)


(大丈夫じゃって。確かめたいこともあるしな)


(確かめたいこと……?)


 なんだか思わせぶりな発言だな。なにかあるんだろうか。


「アシュリー? どうしたの?」


 ボソボソ呟く俺に、マリアスが下から覗き込んできた。


「な、なんでもない。これからのことについて考えてたんだよ」

 そしてコホンと咳払いをし、マリアスの目を見て言う。

「……そこまでの気概があるなら一緒に行こう。ただし、危険だと判断したらすぐに帰すからな」


「……! あ、ありがとう……!」


 ぱあっと表情が明るくなるマリアス。村一番の美少女と言われるだけあって、やっぱり綺麗な笑顔だった。


 街についたら、まずは冒険者登録だな。一時いっときは諦めかけた職業だけれど、いまの俺なら問題なく働けるだろう。貯金もちょっとは残ってるし、日銭を溜めながらしばらくは宿に泊まろう。


 そうしながら魔神シュバルツの居所を探っていき、最終的には魔神を倒すのが目的だ。転生者に邪魔されなければな。


「ねえアシュリー?」

 ふいにマリアスが俺の肩を見ながら話しかけてきた。

「その猫、いつも一緒にいるよね? 飼ってるの?」


「んー。まあそうなるかな、一応……」


「へー、意外。猫好きなんだね」


 女神を《飼う》とはあまりに不躾ぶしつけだが、とりあえずはこう言い逃れるしかないだろう。いまはリアヌも本当のことを言いたくないみたいだし。


「ねえ。触ってもいいかな? もふもふしたい」


「ん、んー。どうだろ」


 わからん。俺に聞くな。


(まったく仕方ないのう……。特別に許可する)


 神の許可が降りた。


「い、いいって言ってるぞ。ほら」


「やった♪」


 そして子猫がマリアスの手に渡った瞬間、思わぬことが起きた。

 




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