凡人、美女二人を連れて旅に出る
行ってくれたか……
俺はずどんと地面に寝転がり、大の字になった。
「いててて……」
思わず呻き声をあげてしまう。
昨夜まったく転生者に適わなかったことを考慮すれば、素晴らしいまでの功績をあげたといえるだろう。七十の兵士を倒したに留まらず、転生者の撃退にも成功した。
左腕しか使えなくても、なんとかなるもんだな……
「……大丈夫かの、ダーリン」
「リアヌ……」
気づけば、子猫姿の女神が俺の顔を覗き込んできていた。
その声は慈愛に満ちている。
厳しいながらも優しく俺を導いてくれた、長年にも渡る修行のように。
――考えてみれば、そうだよな。
この女神は、体感で二百八十年もの歳月を、俺のために捧げてくれたのだ。実際に歳を取ることはないといっても、それだけの期間、ずっと俺に向き合ってくれたのだ。
そのおかげで、俺はここまで強くなれた。
「なあ……リアヌ」
「む?」
俺はのっそりと上半身を起こすと、深く頭を下げた。
「本当にありがとう。……いや、ありがとうございました。あなたのおかげで、俺は――希望を見出せました」
「へ……」
「右腕をなくして、どう生きればいいかもわからなくなって……あなたがいなかったら自害していたかもわからない。だから……」
「よ、よすがいい。恥ずかしくなるじゃろう」
猫がぎゅっと目を閉じた。
「し、しかし……」
「それにいまさら敬語など使うでない。妾はむず痒いのは苦手なんじゃ。前も言ったろう」
「はは……そうか。そう言うなら……」
二百八十年に及ぶ修行のなかで、敬語を使う俺にリアヌが怒る一幕があった。
本人いわく堅苦しいのは苦手――ということだが、俺はそれだけじゃなさそうな気がしている。なんの根拠もない、ただの直感だけどな。
「それでも……礼を言わせてくれ。こんな俺を導いてくれたことを」
「ば……馬鹿者が。女神の心を籠絡するでない」
「いや、そんなつもりはないんだが……」
女神には女神の事情があるんだろう。さっきサヴィターに怒鳴っていたときのように、彼女にもまだまだ謎があるからな。
と。
「アシュリー!」
ふいに名前を呼ばれて俺は上半身を伸ばし、
「にゃんにゃーん?」
子猫リアヌは唐突に猫の振りを始めた。
「よかった! 無事、だったんだね……!」
「え……」
そう言ってこちらに駆けだしてきたのは、銀髪の幼なじみ――マリアスだ。詰め寄るアグナに対し、最後まで俺を守ってくれた恩人でもある。
「マリアス……! もう平気なのか?」
「平気なのか、じゃありません! そんな無茶してっ……!」
「…………」
マリアスは泣いていた。
瞳を充血させ、頬には涙を流して。
これは後から聞いた話だが、マリアスは意識が戻った途端、制止の声も聞かずにここまで走ってきたらしい。自分も頭が痛いだろうに、俺の安否を気にしていたのだという。
「村長から聞いたけど……アシュリー、兵士たちと戦ったんですって……」
「うん。まあ、そうだが……」
「もう、ばか!」
「!?!?」
またしても急に抱きついてくるものだから、俺は当然のようにパニクった。
「おいおい! いきなりどう……」
「ずっと怖かった……。アシュリーがまたいなくなるんじゃないかって……。だから……」
「…………」
リアヌに続いて、ここまで俺を心配してくれるなんて。
腕をなくすという不幸はあったけれど、俺はなんと恵まれているんだろう。
「にゃんにゃん!」
「いてっ!」
隣では、猫がポコスカ俺の足をたたいてきた。
心なしか怒ってる気がしたが、その理由まではわからなかった。
★
――翌日。
「アシュリー。――行くんじゃな?」
「はい。昨日はありがとうございました」
村を出発する俺とマリアスを、村長たちが見送ってくれることとなった。リアヌは猫の姿となって、俺の肩に乗っかっている。
ちなみに昨日の傷はリアヌが治してくれた。短期間で全回復した俺を村人たちは怪しんだが、それはまあうまくごまかしておいた。
「ずっとここにいてもいいんじゃぞ? 片腕もないんじゃ、大変だろうに……」
窺うように聞いてくる村長に、俺は手を振って答えた。
「いえ……俺がここにいては、また村が襲われる可能性がありますし……」
実際の目的はわからないままだが、アガルフは俺を目当てにやってきたっぽいからな。
奴は相当俺を恨んでたし、村からは早々に退散するのが得策だろう。
「し、しかしのう。だからといって、マリアスまでついていく必要はないんじゃ……」
「はい。それは俺も同感です……」
無意識のうちにため息をつく俺。
対するマリアスはやる気満々といったふうにガッツポーズをつくった。
「いえいえ。アシュリーは放っておいたらまた無茶しそうですし。私が見守ってあげないと」
「マ、マジかよ……」
早朝、村を出て行くと言った俺に、なんと「私も行く!」と言ってきたのだ。健気に剣なんかを携えていて、本気度だけは伝わってくる。
「おい、遊びにいくんじゃないんだぞ。いつまた転生者が来るかわからない。おまえは村に残ったほうが……」
「ダメ! また危険なことしそうだから、私が面倒みるんです!」
と言って聞かないのだ。
まあ彼女の頑固な性格は昔から知っているし、言っても引かないのはなんとなくわかってたけど。
「はあ……。危なそうだと感じたら帰すからな」
「大丈夫だって! 私、こう見えて剣も使えるんだから!」
「ほんとかよ……」
そうして、三人の奇妙な旅が始まるのだった。
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