凡人、強くなった
「嘘だろ……。おまえ、なんでまだ立ってるんだよ……」
アガルフが息もきれぎれに呟いた。肩が激しく上下しており、全身の傷も相俟ってなんだか苦しそうだ。
俺とても連撃を喰らったせいで看過できぬダメージをもらったが、まだまだ立っていられる。リアヌによる猛特訓のおかげだ。
「はぁ……はぁ……ぐう……っ!」
とうとう我慢できなくなったか、転生者が右膝をついた。宝剣を地面に押し立てることで、なんとか体勢を保とうとしている。
「どうするよアガルフ。まだ戦う気かよ……!」
もちろん俺も体力の限界だ。全身傷だらけで痛いったらない。
正直、もうお引き取り願いたいところではある。
奴には《幸運スキル》があるうえ、他にどんな奥の手を持っているかわからない。いまはかろうじて俺が優位に立てているものの、長期戦となればたぶんこちらが不利だ。
「ちっ。つまらん。やめだやめ!」
果たして、アガルフは吐き捨てるように叫んだ。剣を鞘にしまうと、ふらふらと立ち上がりながら言う。
「……俺は魔神との決戦を控えているんでな。無駄な戦いで体力を消耗するわけにはいかんのだよ」
「ふん。そりゃご立派なことで……」
この状況で強がられても言い訳にしか聞こえないからな。
勝手に言わせときゃいい。
「……言っておくが、俺は転生者だ。おまえが今後どんな努力をしようとも、俺には適わないと知れ」
「はいはい……。そういうことにしておくよ……」
待った。
ひとつ聞き忘れていることがあった。
「結局……おまえは俺を連れ去ってどうしようとしたんだよ」
「はん。知るかよ、そんなこと」
「は……?」
知らない?
そんなことがあるのか?
だって一般兵はみな、転生者に頼まれて来たと言っていたのに。
当の本人が知らないとはどういうことだ?
だがそれを聞く間もなく、アガルフは背後を振り向いて言った。
「サヴィター。兵士どもを連れて帰るぞ。名声は俺のものだ」
「仰せのままに……アガルフ様」
上半身を大きく曲げ、恭しそうにお辞儀をするサヴィター。
他の邪神族みたいに転生者を持ち上げてはいるけど、なんだか例えようのない強者感が漂っているな。一筋縄ではいかなそうだ。さすがは邪神一味のトップということか。
「…………」
そんなサヴィターを、リアヌが鋭い瞳で睨んでいた。
「撤収するぞ。大魔法陣を展開、目標は王城だ」
「イエス・マスター」
サヴィターの指示を受けて、邪神族がなんだか奇妙な詠唱を唱え始めた。
瞬間。
アガルフや邪神族、倒れたままの兵士たちを、ドス黒いオーラが包み始める。あれが転移術なのだろう。間もなく連中の姿が透けてきた。
「待てぃ!」
ふいにリアヌが一歩飛び出した。
「サヴィター! まさか貴様、アレに手を染めたわけではあるまいな……!」
「ふふ。なんのことかね? 我が名はサヴィター。世界に平和をもたらすための、永遠なる僕に過ぎんよ」
「っ……! 貴様という馬鹿者は……!」
「…………?」
なんだかただならぬ雰囲気だが、俺にはよくわからない。
女神と邪神の対立は昔から続いているみたいだからな。まだ知らないことが沢山あるんだろう。おいおい聞いていけばいい。
そんなことを考えてると、いきなり転生者に名前を呼ばれた。
「おいアシュリー!」
「は?」
「覚えておけ……! 俺はおまえを許さん……。絶対にな!」
「…………」
やれやれ。
目をつけられるどころか、もう因縁をつけられてしまったな。
元々その予定ではあったが、もっと強くならないと今度こそ殺されてしまいかねない。
「おまえは必ず俺の手で殺してやる! ぎゃはっはっはっはっはッ!」
奴らが転移術によって消え去るそのときまで、転生者の醜い叫びは響いていた。
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