努力と才能
「おおおおおっ!」
俺は地を蹴ると、無我夢中で駆け出した。転生者は嫌な野郎だが、実力だけは本物だ。手を抜いて勝てる相手ではない。すくなくともいまの俺では。
「へ……」
アガルフは数秒だけきょとんと立ち尽くしていたが、気を取り直したか、慌てて宝剣で防御の姿勢を取る。
――ガキン!
剣と剣がぶつかり合い、甲高い金属音が響きわたる。
やはり、防がれたか。
一般兵たちは瞬く間に制圧できたが、腐ってもこいつは勇者。俺の本気のスピードを簡単に受け止めやがった。
「ちょ、ちょ待てよ。なんだそのスピードは。なにかのスキル?」
「ねえよ。そんなもん」
「えっ」
あっても攻撃力アップ(小)だからな。ないよりはいいけど、正直あってもなくても変わらない。
「おまえの実力はわかってるからな。本気でいくぞ……!」
「え、ちょ――!」
こいつには強スキル《幸運》があるからな。一瞬の油断が命取りになりかねない。さっきみたいに心を乱さぬよう、集中して戦う必要があるだろう。
俺は極限まで気合いを高めると、左手の刀身に意識のすべてを込めた。そうしながら、リアヌから教わった指導のひとつひとつが脳裏に浮かび上がってくる。
――ダーリンには我が一族に伝わる剣術を託そう。その名も皇神一刀流……。一般人には難度が高いが、ダーリンならできるじゃろう――
果たして、俺の剣の周囲を、金色の煌めきが包み始めた。
まだ色彩が薄く、ほんのりとした輝きだが、この二百八十年ですこしは習得できた。
「この霊気は……まさか……」
そう呟いたのは、脇で戦いを見守るサヴィターだった。
「おのれリアヌ・サクラロード……。小賢しいことをしてくれたな……!」
「ふふん。すごいじゃろう。転生者にあらずとも、アシュリーはここまでの力を身につけた。どこぞの胡散臭い転生術よりよほどよかろう?」
「ふん……くだらぬ足掻きを……!」
苦い表情をするサヴィター。よくはわからないが、俺がこの力を身につけたことに驚きを感じているらしい。
「お、おまえ……いったいどんな修行をしたんだよ……」
依然剣の押し合いを続けながらも、アガルフが呆気に取られたように俺の刀身を見やっている。
「別に。一般人は一般人らしく、時間をかけて修行をしただけだよ」
「時間を……かけて……」
察するに、アガルフも昨夜ちょっとだけ鍛錬したんだろう。王都の周辺には手軽に狩れる魔物が出没するし、腕慣らしにはちょうどいい。だからこそ《幸運スキル》を手に入れたのだと思う。
対して俺は二百年八十年の修行を終えた。厳しい訓練だった。
修行量では雲泥の差があるだろうが、俺とアガルフはいまのところ互角。これが才能の差ってやつだろう。まったく嫌になる。
でも……だからといって諦めたくはない。ここは俺たちの世界だ。世界の平和を転生者に丸投げするなんて、俺は嫌だ。
俺は大きく息を吸い込むと、左腕に自身の魔力を込めた。魔法の扱いにはまだ慣れないけれど、ちょっとはモノにできた。
――皇神一刀流、神々百閃。
「おおおおおおっ!」
俺は思いっきり奴の宝剣を弾くと、間髪いれずに剣撃を叩き込んだ。一撃や二撃とはいわない。無慮百もの攻撃を、俺はアガルフに叩き込んでいく。
「うぐっ! がはっ! ぐえっ! ちょ、ちょっと待って……!」
アガルフの悲鳴が聞こえた気がするが、構わず攻撃を続ける。転生者相手に手を抜くことはできない。
――だが。
「うおっ……!?」
突如にして、俺の足がもつれた。
油断はしていない。
手も抜いていない。
なにも起きていないのに、たまたま俺はなにかに躓いた。姿勢がガクンと崩れ、俺はたまらず片膝を地面につく。
嘘だろ……?
これが《幸運スキル》の強制力なのか……?
そしてこの隙を、この転生者が見逃すはずもなかった。
「はっはーーー! ばぁかめ! やっぱりこうなるんだよぉぉぉおおお!」
傷まみれになってはいるが、転生者はまだ戦う余力があるようだ。嫌らしい笑みを浮かべながら、ここぞとばかりに反撃を差し挟んでくる。
「あっはっはっはっは! 死ね死ね死ねェ!」
「かはっ……!」
一気に状況が転じてしまった。
でも――まだだ。
まだ終わっていない。
百体もの魔物と戦ったときのことを思い出せ。
魔物が一気に襲いかかってきたとき、俺は懸命に《できる限りダメージを受け流す方法》を模索していた。
たとえば拳で殴りつけてくる魔物がいたとしたら、その攻撃方向に身体を捻ることでダメージを軽減することができる。もちろん回避や防御ができればそれに越したことはないが、それができない場面も多々あった。
そうか。あのときリアヌがギリギリまで回復してくれなかったのは、これが狙いでもあるんだな。改めてすごい女神だよ……
「はぁっ……はぁっ……! どうだっ!」
そのおかげか、転生者が反撃を終えたときにも、俺の戦意はまだ途絶えていなかった。
お読みくださいましてありがとうございます!
感想をくださった方々もありがとうございます。できる限り読者の皆様に楽しんでいただきたいところではありますが、なかなかそれは難しい面もございます。
できる限り頑張っていきたいと思っていますので、何卒、よろしくお願い致します。