凡人は諦めない
「よっ! あっぱれ!」
「さすがは勇者様!」
アガルフの荒唐無稽な発言にも、邪神たちは変わらず太鼓持ちを続ける。こいつらは自分のやっていることが恥ずかしくないのか。
「で……さ。教えてほしいんだけど、アシュリー君」
馴れ馴れしく話しかけてくるアガルフ。
「この兵士たち、なんで倒れてるわけ? なんだか戦った後に見えるんだけど」
「……そいつらは俺が倒した」
「ふーん。あっそ」
つまらなそうに骨をポキポキ慣らすアガルフ。
「アシュリー君は《女神一族》の恩恵を受ける可能性がある……。サヴィター、あんたの予想通りだったってことかな」
「ククク。そういうことになりますな」
「ふん……。馬鹿馬鹿しいことだ」
なおもアガルフはつまらなそうに鼻をほじり、ぺっと捨てる。
「おいアシュリー。知ってるか? 転生者の素晴らしさを」
「知るかよ」
ぶっちゃけ知りたくもない。
俺が拒否しているにも関わらず、転生者は話し続けてきた。
「フフ。ならば教えてやろう。修行の過程で、素晴らしいスキルを手に入れてな。その名も……《幸運》。あらゆる物事が幸運に取って変わる代物だよ」
「なに……?」
俺は眉をひそめて言った。
「なんだそれは。どういう意味だ」
「そのままの意味さ。俺はただ気ままに勇者ライフを送っていればいいい。ただそれだけで世界を救うことになる」
「なんだと……」
まるで意味がわからんぞ。こいつはなにを言ってるんだ。
――と。
「おやおや?」
ひとりの邪神族が素っ頓狂な声をあげた。その視線の先には、倒れた兵士たちの群れ。
「よくよく見れば、あの兵士たち、奇妙なモノを持ってますな」
「ほう。あれは……」
サヴィターも同じモノに気づいたらしい、つかつかと兵士に歩み寄っていく。
「これは小さき宝石か……? つい最近、宝物庫からなくなった物と酷似しているな」
「な、なんと……!」
邪神族が目を丸くする。
「こいつらはまさか盗人だったというのですか!?」
「うむ。そうなるな」
サヴィターはにやりと笑うと、アガルフに向き直って言った。
「アガルフ様。あなたが倒したことになる兵士たちはみな罪人。国王様を始め、人類はみなあなたを誉め称えるでしょう」
「ふふ。そうかそうか。それはよかった」
「…………」
俺はぽかんと口を開けたまま、立ち尽くすことしかできなかった。
察するに、アガルフのいかなる行為も《善行》として変換されるということか。
「ありがとうアシュリー君よ。君がこいつらの手足の自由を奪ってくれたことで、俺の名声がさらに高まることとなった」
「なにを言ってるんだ。俺はおまえのためになんか……!」
「ふふ。俺は転生者、おまえは片腕を失った元一般兵。常識的に考えて、おまえが七十もの兵を倒せると世間が考えるか?」
「…………」
「世間はこう考えるだろう。裏で犯罪を行っていた兵士どもを勇者が隔離し、正しく処罰したと。真実かどうかは関係ない。このスキルさえあればな!」
そうか。そういうことだったのか。
兵士たちと戦うとき、俺は完全に頭に血が上っていた。
挑発に容赦のない攻撃の数々。
結果的に兵士たちの手足の自由を奪った。普段の俺はこんな戦いをしないというのに。
そして普通に考えれば、片腕を失ったばかりの俺が、そんなことをできるはずがない。
手柄はすべて勇者のものになる。
奇妙だとは思っていたが、まさか《幸運スキル》が作用していた結果だったってのかよ……
おかしいだろ。あまりにもぶっ飛びすぎている……!
「ククク。わかったかなアシュリー君よ。これが転生者とそうでない者の違い。格が違うんだよ」
これが。これが転生者か。
こちらが懸命に努力をしたとしても、ちょっとした修行で軽く飛び越えてしまうような存在。俺が二百八十年もかけて修行したのに、あいつはそれ以上のものを手に入れたってのか。
「そうだな。このまま退散してもいいが……」
ふいに、アガルフが剣の鞘を握り始めた。
「おまえ、女神の元で少しは強くなったんだろ? また《試し斬り》でもさせてもらおうかね?」
「ちっ……!」
またか。またこうなるのか。
しかも今回は《幸運スキル》まで敵にまわっている。厄介なことこの上ない。
だが……
もう負けない。負けたくない。
いくら転生者が強大な存在であったとしても、俺だってこの世界に生きる人間なんだ。
「大丈夫じゃダーリン」
隣の子猫が俺の足をつついてきた。
「そなたとて、長きにわたる修行で相当に強くなった。妾は信じておる。才能にかまけている奴なぞよりも、そなたのほうが絶対に強いと……!」
「ああ。俺は負けない。絶対にな……!」