凡人、無双する。
「ぐ、ぐええええっ!」
アグナの醜い悲鳴が一帯に響きわたった。
相当の痛みを感じているらしい。片膝をつき、懸命に腹部をおさえながら呻いている。
「…………」
あれだけ笑い声をあげていた兵士たちも、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしている。ある者は目を瞬かせ、ある者はごくりと唾を飲んで。
「あ、あのアシュリーが、アグナに……?」
「なにが起きてるんだ……」
俺はといえば、うずくまっているアグナを無感情に見下ろしていた。
――こいつはマリアスを傷つけたに留まらず、さらには殺そうとした。このまま放っておけばなにをするかわからない。
「アグナ。おまえにはそこまでの恨みはないが……相応の罰は受けてもらうぞ」
「さ、ざっけんな……! おまえごときにこの俺様が……!」
やれやれ。
まだそんなこと言ってるのか。
俺は剣をそのまま薙ぎ払うと、奴の右腕を斬りつけた。鮮血が舞うと同時に、アグナの呻き声がさらに「ううおおおおおお……!」と響きわたる。
「それでもう剣は握れない。自分の罪を悔いるんだな」
「あがああああ……!」
そこまで叫んだところで、アグナはどさりと地面に倒れた。短時間で二度も激痛を味わったせいだろう、気を失ってしまったようだ。
「――さて」
俺は刀身を振って血を払うと、改めて兵士たちを見やった。
「おまえたちのリーダーは気絶したが……おまえたちはどうする?」
「ぐぐ……! アシュリーごときがなに生意気な……!」
「遠慮しなくていい。なんならまとめてかかってきてもいいんだが?」
「く……! はったりを……!」
「そう思うか?」
実際、幽世の神域では百体、千体の魔物と戦ってきたからな。こいつらは百人もいないだろうし、一気に襲いかかられても負ける気はしない。
俺の威圧をどう感じ取ったのか、兵士のひとりが「ふん」と顔をそむけて言った。
「俺は無駄な戦いをしたくないんでね。やるならスマートにやるさ」
「なに……?」
俺が目を細めた途端、兵士は明後日の方向を向いた。その視線の先では、エストル村の住人がこの戦いを見守っている。
――まさか。
「いくぞおまえら! 村人どもを人質に……!」
「馬鹿野郎が!」
俺は咄嗟に駆け出し、兵士たちとの距離を詰めた。過酷な修行の成果か、俺は兵士ひとりひとりの動きをきわめて明確に捉えることができた。剣を握ろうとする者、走ろうとする者、怒号を発している者、すべての動きを確実に読みとり、そして斬っていく。
「な……にっ!」
「馬鹿な……っ!」
「かはっ……!」
そして最後のひとりが倒れたときも、俺は無傷のままだった。呼吸の乱れもない。まあ、あの修行からすれば、こっちのほうが難易度低いからな。
俺が攻撃を始めてから数秒後。
一帯には、約七十人ほどの兵士が無惨に転がっていた。殺しまではしていないが、腕か足に大きなダメージを与えた。剣を握ることはもう叶わないだろう。
「にゃんにゃんにゃーん」
遠くで猫が嬉しそうに鳴いているのが聞こえた。
よくやった、って言ってるのかな。たぶん。
そうか。大勢の魔物と戦わされたのはこれが理由か。普段はちょっと抜けている女神だけれど、ちゃんと先を見据えて鍛えてくれてるんだな。
改めて、すごい師匠に恵まれたと思う。
「ア、アシュリー……!」
ふいに聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くと、村長が息も絶え絶えに走ってきているところだった。健気に斧なんかを持っている。自分なりに戦おうとしたのかな。
「村長……すみません、村を汚してしまって」
「いや、それはいいんじゃが……これまさか、おぬしひとりでやったのか?」
「はい。まあ、ひとりひとりの練度はたいしたことなかったですし……」
「な、なんと……」
目をぱちくりさせる村長だった。