凡人、転生者からの刺客に反撃する
「へっへっへ」
代表格の兵士が、再びニヤニヤ笑いながらマリアスに歩み寄った。
女性をいたぶることにまさか喜びを感じているのか、奇妙な笑い声とともに右腕をぶんぶん振り回している。
転生者は当然として、こいつも相当のクズだな。
「威勢の割に弱ぇ女だぜ。どれ、もう一発……」
「あうう……」
対するマリアスはうつ伏せたまま動かない。一般人が巨漢の兵士に殴られて、無事で済むわけがないのだ。
そんな彼女に向け、兵士は獰猛な腕を高く掲げた。
「勇者様に楯突いた罰だ。死にやがれ!」
「マリアスーーーーーっ!」
無意識のうちに俺は雄叫びをあげていた。
「おおおおおおおっ!」
出せる限りの速力を発揮し、マリアスを抱え込む。いまの俺には左腕しかないが、三十倍の重力に耐えきったこの肉体は、マリアスを軽々と持ち上げた。
そのまま咄嗟に地面を蹴り、兵士から距離を取る。
「おらよっと! ……って、あれ?」
もちろん兵士が拳を振り下ろしたときには、俺とマリアスはそこにいない。
連中からちょっと離れた場所で、俺はマリアスを地面に降ろした。
「遅れてすまなかった。もう大丈夫だ」
「ア、アシュリー……?」
仰向けの姿勢のまま、マリアスが小さく呟いた。震える声だった。
「き、来ちゃ駄目……。あいつらは、アシュリーを……」
「こんな俺をずっと庇っててくれたんだな……。ごめん――あと、ありがとう」
「ううん、それはいいの。……お願い、アシュリー……」
力ない右腕で、俺の胸元をそっと掴む。
「もう、行かないで……。私、昔からあなたのことが――」
そこで意識が途絶えたか、彼女の全身から力が抜けた。瞳を閉じたまま、身じろぎもしない。
どうするか。
おそらく命に別状はないだろうが、こんなところに彼女を置いておくわけにはいかない。ここは間違いなく戦場になる。
「にゃー」
すると、猫の姿になったリアヌが俺の腕をつついた。
いつのまにか変身していたらしい。
猫はそのままクイッと兵士たちに顎を差し向ける。
行け……って言ってるのかな。
「すまないリアヌ……。マリアスは、頼んだ」
「みゃん」
こくりと頷く子猫。
リアヌなら安心して彼女を任せられるだろう。
俺は――俺の問題を解決するまでだ。
くるりと振り向き、大勢の兵士たちと改めて対峙する。
「ほう。おまえ……やっぱりアシュリーか!」
さっきの代表格が大声をあげる。標的がわざわざ現れたことに気を良くしたのか、さっきよりだいぶ嬉しそうな顔だ。
「アグナか……。こんなところで会うとはな」
俺も奴とは面識があった。職場が同じだったわけだからな。
アグナ。
俺の元上司にあたる人物で、戦闘能力はそこそこ高い。戦場ではかなり頼りにされていると聞く。うだつの上がらない俺を見て、いつも嘲笑してくる男でもあった。
「アシュリー。さっきのスピードは見事だったぞ。前から逃げ足だけは速かったもんな」
「…………」
「ま、おまえから出てきたんなら好都合だ。一緒に王都へ帰ろうぜ。勇者アガルフ様がお呼びだ」
「……おまえ、本気で頭おかしいのか」
「は……?」
アグナが眉に皺を寄せる。
「俺をさんざん痛めつけておいて、今度はマリアスをぶん殴って……謝罪もせず、俺に戻ってこいだと? どんな面の皮の厚さをしてやがるんだ。クズどもが」
「…………」
「俺は戻らない。おまえたちをぶっ倒して、二度と剣を握れないようにしてやる」
俺は左手で剣を握り、構えの姿勢を取る。修行の成果か、俺の意識は完全に研ぎ澄まされていた。
「…………は?」
アグナはしばらく目を瞬かせていたが、やがて
「ぷっ」
と吹き出した。
「あーっはっはっは! なにを言うかと思えば! 俺たちを! ぶっ倒すだって!?」
俺を指さしながら笑い転げる。他の兵士たちも同様、馬鹿にしたように笑い出した。
「おい聞いたかおまえら! もともと俺より弱かったくせに! そのうえ右手もねえ奴が! 俺をぶっ倒すだってよぉぉぉぉお」
「「ぎゃーはっはっはっはっは!」」
下品な笑い声が響きわたる。
――ほんとうるせえな、こいつら。
しばらく嘲笑し続けたあと、アグナは俺に剣の切っ先を向けた。笑いすぎて目に涙が溜まっている。
「まぁいいや。そこまで言うなら相手してやるよ。泣いて謝っても遅いからな、後輩クン?」
「ああ。とっととかかってこいよ」
「その減らず口、いつまで叩けるかねぇ? ――おらよっと!!」
ニヤニヤ笑いながら剣を振り下ろしてくるアグナ。
油断しきっているのか、スピードもなにもない、くそったれな攻撃だ。避けるのは容易い。ゴブリン百体のほうがまだ手応えがあったな。
ひょい、と。
半身を引き、俺は軽くアグナの剣をかわしてみせた。
「お……っとっと?」
剣を空振りしたアグナが、勢いあまって前につんのめる。
そしてつまらなそうに俺を見やった。
「はん。相変わらず、逃げ足だけは立派なこって」
「御託はいい。さあ、かかってこいよ」
「言われなくても……っ!」
そのまま剣を乱れ打ちしてくるものの、この攻撃も鈍重そのものだった。
あれだな。
よそ見しながらでも避けられるな。
敵を侮っても良いことなんてないし、油断はしないけど。
「はあっ……はあっ……! なぜだ、なぜ当たらん……!」
疲れきったアグナが攻撃を停止するのは、それから数分後のことだった。両膝に手をつけ、荒い呼吸を繰り返している。
「おいおい、どうしたよ」
そんなアグナを、俺は上から見下ろした。
「俺はもともと弱くて、そのうえ右腕も使えなくなった元後輩だろ? なんでおまえは苦戦してるんだ?」
「くっ……逃げ足しか取り柄のない奴が、なにを偉そうに……っ!」
「そうか。じゃあ攻撃していいか?」
「ふっ。どうせおまえの攻撃なんてぶげちゃややあああああっ!!」
奴の言葉は最後まで続かなかった。
俺の膝蹴りが奴の腹に直撃したことで、思いっきり嘔吐してしまったからである。