転生者「いやいや、これくらい普通ですよ?(きょとん)」
「どけ! 邪魔だ!」
「いてっ……!」
今日は朝から慌ただしかった。
魔術師たちがあちらこちらへと走りまわっては、《儀式》の準備を進めていく。
その間、俺はなにもすることがない。ただただ魔術師たちの機嫌に怯えながら、不審者がいないか視線を巡らすだけ。
俺は所詮、王城での見張り役に過ぎないから。いわゆる下っ端でしかないから。
だから忙しそうな魔術師に「どけ!」とどつかれても、なにも言えない。下手に刃向かえば職を失うこともありうる。
そう。今日は国にとって、とても大事な日なのだ。
――魔神シュバルツ。
――世界を一瞬にして滅ぼす悪の神。
奴を倒すための手段として、異世界から勇者を召喚する日なのである。
これまで何度も腕利きの戦士たちが魔神に挑みかかったが、結果は惨敗。誰ひとりとして帰ってくる者はいなかった。気まぐれに現れる魔神が瞬時に人々を殺していくのに対し、人間は怯えるしかなかった。
これに危機感を覚えた国王が、
「異世界から勇者をつれてこよう」
と提案したのである。
――異世界。
すなわち、まったく異なる理の世界で生きる者。
であればきっと、素晴らしい能力を持っているはずだというのだ。
実際、数百年前に魔王が現れたときも、同様の手段で平和を取り戻したらしい。たしか《即死スキル》とやらを所持していたとか。
もはやチートどころではない。
人間兵器とでもいうべきスキルである。
もちろん、勝手に《こちら側》に召喚しておいて、なんの見返りもなしに魔神討伐を頼むわけにはいかない。転生者には関係のない話だし、そもそも魔神退治には相応の危険が伴う。
だから国王は、転生者に対し破格の待遇を用意していると言っていた。快適な衣食住は当然として、国随一のエンターテイメントを準備しているという。
正直、羨ましくないといえば嘘になる。
転生者にしてみれば、いきなり強力な能力を手に入れたうえに、あらゆる欲望を思うがままにできるのだ。
俺が言うのもなんだが、ちょっとずるいとは思わないか?
だって――この世界のみんなは自己を高めるために努力してきたのに。
俺だって、生まれてから二十五年、ずっと剣の修行をしてきたのに。
それをあっさり抜かれるなんて。
俺だって、本当は強くなりたい。
強くなって、迷える人々を助けていきたい。
叶わぬ妄想だとしても、それが昔からの夢だった。
転生者たちはそれを瞬時にして手に入れることができるのだ。
今日は国にとっては大事な一日だが、俺にとっては憂鬱でつまらない一日だった。
……まったく、皮肉なもんだな。
召喚なんて見たくないのに、よりによって儀式の警備を頼まれるなんて。
★
「なんだ……ここ……?」
魔法陣の上で、転生者が戸惑ったように呟く。
だいぶ若い男だ。
たぶん十代後半くらいじゃないか。
自分よりだいぶ年下であろう若者に向けて、魔術師たちは深々と頭を下げた。なかには土下座している者までいる。
「お待ちしておりました! 勇者様!」
「は……?」
いまだ目を白黒させる転生者に、魔術師たちは事の経緯を説明していく。
魔神シュバルツのこと。
この国にはもう有望な戦士がいないこと。
だから異世界から勇者を召喚したこと。
魔神討伐を引き受けた際には、総出をあげてもてなすこと。
それらの説明を、魔術師たちはゴマをするような仕草で行っていく。
相手はまだ年端もいかない少年だというのに、魔術師は敬語、少年はタメ口。
意味がわからない。たしかにお願いするのはこちら側だけれど。
やりすぎだろうとは思うが、俺は単なる下っ端兵士。口を出すことは許されない。
「はあ……」
そんな自分が情けなくて思わずため息が出る。
「ふむ……なるほど。話はわかった」
ひとしきり話を聞き終えた転生者が、顎をさすりながら言った。
「ふふふ……異世界転生か。僕もついに……」
「はて? どうかされましたか?」
「あいや。なんでもない。――で、俺にはなにか《とんでもない能力》があるとのことだったな。どうやって確認すればいい?」
「そうですな。ステータス・オープンと唱えていただければ、ご自身の能力が視界に映ります。そちらを確認していただければ」
「うん。やってみよう」
そして判明した転生者の能力はすさまじいものだった。
――――
アガルフ・ディペール
レベル1
攻撃力 932
防御力 647
魔力 422
魔法防御力 388
俊敏 572
所持スキル
神の加護
クリティカル率100%
状態異常付与 100%
遅延付与 100%
――――
「おお……!」
というどよめきが周囲一体に響き渡った。誰もが歓喜の声をあげている。
――嘘だろ。
俺とても、このぶっ飛んだ強さに驚嘆を禁じ得なかった。
まず、すべてのステータスがレベル1の割に高すぎる。
俺なんかレベル三十で二桁台なのに、転生者はもう三桁の後半だ。
そしてスキル。
通常はひとつしかないはずのものが、四つも存在する。しかもどれもが強すぎる。つまりこの転生者は、すべての攻撃がクリティカルヒット、状態異常発生、遅延発生というわけだ。
(ちなみに遅延とは、相手を《怯ませる》ことで行動を遅らせることを指す)
この強さ……
頭おかしすぎるだろ。
「え? そんなにすごいのか、これは」
しかしながら、当の転生者は目をぱちぱちさせるのみ。……いや、絶対に強いのをわかっててやってるだろこれ。
「すごい! とてもすごいですよ!」
「さすがは勇者様!」
「勇者様万歳!」
「ははは……。よくわからないけど、そんなにすごいのか……?」
わざとらしく後頭部をさする転生者。そんな彼をグイグイ持ち上げる魔術師たち。
とんだ茶番だ。
馬鹿馬鹿しいったらない。
ひとりうんざりしていると、おもむろに転生者が僕を見て言った。
「そうだ。ひとつ頼みがあるんだが」
「へ? 俺?」
「そうだ。おまえ、この国の兵士だろう?」
「え、ええ。そうですが……」
情けないことだが、心中とは裏腹に、俺の声は緊張で裏返ってしまった。
「早速だが、俺の力を試したい。おまえ、練習相手になってくれないか?」
「……へ?」
いやいやいや!
嘘だろ!
相手にならないって! 絶対!
「そ、そんなこと言われても……俺ごとき勝負にならないかと……」
「いいんだよ。目的は俺の力を図ることだからな」
「でも……」
「は? おまえ、俺の言うことが聞けないの? 一般兵のくせに? そんなこと言うんだったら、魔神の討伐、降りてもいいけど?」
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