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詩集 マインドトラベラー  作者: fengleishanren
赤き稲妻編
9/26

黒き雷光④ バラッド:人格破壊少女の精神世界

 マインドトラベラーが旅する精神世界は進とはどんなところだろうか。とことんまで追い詰められた人間の内なる世界では、本人の自我はどのようにして自己を守ろうとするのか。ひとつの事例が示される。人の心は見える範囲だけで判断しきれるものではない。見た目にこだわる限り、癒やされない心もある。メンタルヘルスやカウンセリング、各種心理療法の超える事の出来ない限界がそこにはある。


【黒き雷光④ バラッド:人格破壊少女の精神世界】


私はマインドトラベラー。今日も仕事で「ここ」にいる。

我が目の前に座している娘が一人にこやかに


出された紅茶を飲みながら私に微笑みかけてくる。

こうしていれば孫の様。別段変わった事もない。


彼女を治療した時の記憶は未だ鮮明だ。

当時の彼女は12歳。人格破壊は凄まじく、


精神世界もぼろぼろでどこから手をつけたら良いか

判断できない程だった。とはいえそれは傷跡が


精神世界に残ってて直ちに癒しが必要だ

言われる様な事ではい。精神世界はイメージが


象徴的に混じり合う。その内容は人により

違ってくるのは当たり前。トラベラーにはどのような


縛りで出来た世界かを素早く判断する事が

旅の最初に必要だ。特徴的な存在がどんな精神世界にも


どこかに見られるはずなのだ。

彼女の場合、世界には何の波乱も伺えず、


平和でのどかな風景が、延々と続くだけだった。

陽が穏やかに照らしだす緑の原野が美しい。


静かな街に人々の視線は優しく朗らかだ。

来訪者にも親切に話しかけてきたりする。


今までどんな療法も壊滅的な状態と

判断しては匙を投げ、挙句は怒りを向けられて


かの両親も弱り果て、MITA(マイタ)の扉を叩いたが

ここでも最初、失敗し、私にお鉢が回された。


そしてさっきの風景だ。余りに平和で何もない。

どんな手出しも不可能だ。これじゃ最初の者もまた


諦めざるを得ないだろう。私も最初、思ったが

どうにも感じる違和感を拭い切れずに考えた。


----


精神世界は、あくまでも象徴的な存在だ。

見えてる通りの物でない事も、普通にあるはずだ。


通常は傷つけられた魂は自分の保存を試みる。

険しい山や深い森、暗い地の底、塔の上。


人には到達不可能な場所にひっそり隠れ棲む。

己の世界でありながら、存在自体をひた隠す。


精神世界の住人は(あるじ)が存在しないかの

如くに振る舞うものなのだ。それが即ち本人の


「放っておいてくれ」願望。世界と接触したくない

自己保存だけを考えた末の結果というものだ。


傍から見れば「わたくしはここに居ます」と声上げて

助けを待っている様な、分かり易い世界だが、


それでもそれで中々に、(あるじ)に到達するまでは

長い旅路が必要だ。世界の中には敵もいて


来訪者には容赦ない。直接攻撃する奴も、

味方のふりして騙す奴、言葉巧みに誘導し


諦めさせて追い払う奴もいるから要注意。

世界自身も懸命に、(あるじ)を護って演技する。


精神世界はこのように(あるじ)の保存が主目的。

来訪者には、真実を見せない様に動くのだ。


----


彼女の場合、あまりにも自己を傷つけられすぎて

逆にすべてが平穏で「らしい」物が見当たらない。


余りに平和で穏やかでとっかかりすら掴めない。

世界の主がどのような姿をしているのかさえも


知るよしもなく、とぼとぼと歩き続ける他はない。

表面上はこの娘、人事不能になっていて


あらゆる対話は不成立。精神世界もこの(さま)じゃ

手の施し様がないだろう。誰がやっても失敗を


するしかないのは明白だ。。。私以外の者ならば。

『私を誰だと思ってる? 甘く見ないでもらいたい』


心密かに燃え上がる闘志を胸に歩きだす。

精神世界の長旅はまだまだ続く様だった。


----


旅を始めてどれ位経ったか記憶は不確かだ。

精神世界にいる時は時間経過はまちまちで


数年過ごした場合でも、リアルに戻れば数分の

事すらあるし、その逆に、10分程度の滞在で


半日潰す事もある。そんな事よりとっかかり。

どこから手をつけ始めるか。そろそろ答えを出そうかと


もうひと思案していたら不意に裳裾を掴まれた。

見ればひとりのおさな児が私をじっと見上げてる。


見た目は人ではない様子。背丈は低いが成人だ。

私は屈んで眼を合わせ、「どうしたのかな?」と聞いてみた。


相手は裳裾を掴んだままで「見てもらいたい物がある」

とかすれた声で呟いた。男女の別は分からない。


大きなフードを被ってて、目元以外は隠されて

眼光鋭く他で見た住人たちとは大違い。


時間経過の効果だな。思って相手をじっと見る。

「わかった」大きく頷いた。


相手はやんわり目を細め裳裾をぐいと引っぱった。

私はゆっくり立ち上がり、引かれるままに従った。


空はあくまで蒼く澄み。白雲ひとつ浮かべてる。

広い原野を突っ切ると小さな村が見えてきた。



 píng yuán zhòu jìng yě huā xiāng ,

 平原昼静野花香,


 jué jǐng fēng guāng mèng yī chǎng 。

 绝景风光梦一场。


 jì mò yóu rén qiān lǐ lǚ ,

 寂寞游人千里旅,


 qīng fēng wàn lǜ bái yún xiāng 。

 清风万绿白云乡。



  平原昼静かにして野花香(やか、かんば)し


  絶景、風光、夢一場


  寂寞(じゃくばく)の遊人、千里の旅


  清風、万緑、白雲の(はくうんのさと)


----


村には爽風吹き渡り見た目は平穏そのものだ。

村人たちも穏やかで静かな笑顔を向けてきた。


私を連れてきた者はフードをとると改めて

私の方をじっと見る。成人女性の顔だった。


彼らは多分小人族。いわゆるドワーフなのだろう。

世界に居るという事は(あるじ)に何かの役割を


与えられたに違いない。種族も個人も象徴だ。

その裏にこそ真実が隠されているはずなのだ。


「ついてきてくれ」 前よりは、はっきりした声で言う女。

「わかった」 私もにっこりと笑って返事を返したが


眉ひとつさえ動かさず彼女は先に歩き出す。

慌てて後をついてゆく。しばらく行くと立ち止まる。


大きな館の前だった。必要以上に大き目の

その館にはヒトがいた。窓からこちらを見る男。


こちらを見ると会釈した。どうやら用があるらしい。

ドアが開いて中からは男が出てきて切り出した。


「ようこそ。お待ちしておりました」

私が来るのを待っていた? 私が誰か知っている?


言葉使いは丁寧だ。しかし口調は冷静だ。

人間らしさを感じない。(あるじ)をこんな状態に


陥らせたのが外界の人間たちと知ればこそ

恨みに思わぬ分けがない。いじめを犯した本人も、


見て見ぬふりの多数派も、同情示す偽善者も、

(あるじ)にとってはただの敵。何も出来ない両親も


信頼するに当たらない。物言わぬ身になりながら

(あるじ)がようやく安住の場所としたのがこの世界。


そこに突然現れて旅を始めた来訪者。

今まで様子を見ていたが、特に害意は無さそうだ。


そう判断し、接触を試みてきたのがこの守護者。

精神世界につきものの、ガーディアンの登場だ。


そう判断した私には抗する術はもはや無い。

相手の出方を伺って黙っていると、彼は言う。


「あなたには力があるとお見受けします。

 僅かでもお貸しくださると嬉しいです」

「私などいかほどの事もかないませんが、

 それで尚、お求めならばいかようにでも」


形通りの返事を返し深く一礼してみせた。


それからしばらく話し込む。守護者が納得してからは

事はすんなり進み行き、私は(あるじ)に会う事を


許され居場所に通された。普通の(あるじ)は世界でも

城や館に住んでいて多くの者に守られて


滅多な事では姿すら見る事などは出来ないが、

稀ではあるが平民や小動物になりすまし


注目されずに済む様に振る舞う者もたまにいる。

だがこの(あるじ)、どちらとも違う姿で現れた。


案内されたその場所は村をはずれてすぐにある

小高い丘の上だった。建物らしき物はない。


「ここに(あるじ)が?」 いるのかと、思わず口に出していた。

『よくぞ来られた、旅人よ』 頭の中に声がする。


私と同じ年代か。老いた男の声だった。

しかしどこにも姿無く、きょろきょろ周囲を見回すと


『ここだ。あなたの足元だ』

精神世界の(あるじ)なら、歳や性別無関係。


どんな姿でいようとも驚く事はなかったが、

見れば普通の石ころだ。思わずまじまじ見ていると、


『そんなに見つめてくれるな』と恥ずかしそうな声がした。

やはり(あるじ)はこの石だ。どうやら間違いないらしい。


----


「あなたについては色々とご両親から聞いてます」

私は小石を拾い上げ、ゆっくり話しかけてみた


『彼らに悪気が無い事は十分解っているのだが

 彼らは私に何らかの病気の名前をつけたがる。

 それで自分の安心を確保しようとしてるのだ。

 私に向ける憐れみの視線はとても許せない』


それが彼女を治そうと奔走してきた者たちに

対して彼女が抱いてる素直な思いというわけだ。


逆恨みだといえるのか。私はそうは思わない。

人の心を病んでると、誰が判断出来ようか。


間尺に合わぬ人を見て病気と断じ、あまつさえ

治療と称して矯正を強いる輩に誠実に


応える義理などないはずだ。私はそれを述べてみた。

小石は少し震えつつ掌の上で転がった。


『あなたはやはり良い人だ。数日様子を見ていたが

 他の者とは違ってた。あなたの前なら私でも

 人間らしく振る舞える』


こうしてその後の数ヶ月、私は村に滞在し

(あるじ)と対話し続けた。現実(うつつ)に戻ると日暮れ時。


ほとんど半日かけていた。飲まず食わずで数時間。

社畜時代を思い出す。定年過ぎてもこれではね。


バレたら孫に怒られる。ともあれ件の女の子、

ひとまず危険は立ち去った。告げれば両親深々と


頭を下げつつ涙する。

「あとはゆっくり休ませてあげて下さい。お大事に」 

挨拶そこそこ切り上げて、私はその場を立ち去った。


----


ちょっと特殊なケースだが無事に完了した私。

休暇を取って温泉で一息つこうと思いつつ


旅行のパンフを見ていると、突然電話がいなないた。

『ウマの声ではやっぱ変? ウサギの声に変えようか

 ウサギはどういう鳴き声だ?』 などと考え巡らせて


電話をとるとMITA(マイタ)から。次の仕事の打診だった。

「先頃一つ片付いたばかりの私にまたですか?」


MITA(マイタ)も結構人使い荒いところがあるからな。

一応ごねてみせようか。最後は断り切れないが。


「それが名指しのご依頼で。是非とも雷光様にと」

「私も結構歳なので休暇を取ろうと思ってて...」

「それなら3日あげましょう。ジューゴくんなら特別に」

「その呼び方はご勘弁。1日あれば御の字です」

「よろしい。それじゃ明後日。

 MITA(マイタ)オフィスで会いましょう」


----


休暇は家でごろ寝してあっと言う間に消え去った。

翌日私は決められた時刻通りにオフィスに


行けば私の担当のマーシャさんが待っていた。

MITA(マイタ)屈指のエイジェント。歳は若いが凄腕で


私もデビューして以来随分世話になっていて

いまだに頭が上がらない。私を「ジューゴ」と呼べるのは


世界で彼女ただひとり。ちなみにこれはデビューして

通り名のない新人を番号で呼ぶならわしが


MITA(マイタ)の中にあるためで、通り名がつくと削除され

二度と関わる事はない。親子以上の歳の差も


社畜時代に身についた年功序列の習慣で

彼女は私の大先輩。そう思わずにいられない。


「今日はあなたに会わせたい人がいるので呼びました」

小首を傾けにっこりと微笑む彼女にぞっとする。


こういう顔をする時は何か企んでいるはず。

絶対面白がってるな。でも私には逆らえぬ。


諦めながら頷くと、彼女は満面笑み浮かべ

私を部屋へと促した。そこにいたのはあの娘。


私を見るなり飛びついて我が胸元に頬ずりを

しつつ大きな声上げた。

「会いたかったの、らいこうさま!」


「その節はたいへんお世話になりました」

その傍に両親が深々頭を下げている。


二人は娘がおかしいの、何とも思ってないのかな。

前が前だしこんなでも元気になれば良いらしい。


いやいや、それよりマーシャさん。ニヤつく顔が恐ろしい。

「じゅーごくん、モテ期到来、うらやましい」


「そこ、言う事違うから。あんた、知っててこの話、

 こっちに回してきたんだな?」


「なんのことやら分かりません。私、お仕事してるだけ」

いきなりそっぽを向いてからちらりと一瞥、笑みこぼす。


やっぱり狙ってやっている。クライアントにゃ罪はない。

ここは暫く辛抱し丸く納めてこそプロだ。


----


それにしても見違えた。2日前とは別人だ。

縋る様にしがみつく両手をやっと引き離し、


彼女と私の目が合った。ウチのシオンと同世代?

そこそこ可愛い顔立ちだ。とはいえシオンほどじゃない。


「なんか、ちょっと失礼な事を考えていません?」

少し眉間にシワ寄せて上目づかいに問いかける


仕草に孫を思い出す。それでもシオンが一番だ。

「なんか、悔しいです。私」 じんわり涙を浮かべてる。


なんで両親止めないか、見やればこちらも涙して

「こんなに感情表現が豊かになってくれるとは、、」


と、言葉もろくに出てこない。

『あのー、見るとこ違ってません?』


言いたい気持ちをぐっと抑え、私は彼女をひっぺがす。

「今日はどういうご用かな? 副作用でも出たのかな?」

少しかがんで目を合わせ、やっとの事で問いただす。


「もぅ少しあなたとご一緒に過ごせる時が欲しいのです」

「はぁ」 私にゃピンとこない。


「今のままではもう一度奈落の底に落ちそうで」

急に彼女は青ざめて小さく震えてうつむいた。


「どうぞ、お願い致します。後続メンテという事で、

 専属契約してください。勿論その間報酬は

 全面的に保証します!」

この両親は親馬鹿か。それとも負い目がありすぎて

娘に我が儘し放題させているのか、どちらでも

私を巻き込むなと思う。思うが言えるわけもなく、、、


「おまかせください。必ずやお嬢様をお護りし

 自立させてみせますとも」

にっこり笑って胸を張り、ぽんと叩くと両親は

土下座しそうな勢いで頭を下げて唱和した。

「ありがとうございます!」


「といったわけだから、じゅーごくんはこれから1年は

 この仕事だけしてちょうだい」

マーシャさんから宣告が下され、私の運命が

決まった瞬間のことだった。


MITAが用意した場所で、アフターケアの名目で

私と彼女は会うのだが、毎回レポート提出が


両者の果たす義務となる。


そのあと色々ありまして。あっという間に3年の

時が過ぎ去り、かの少女、今や(よわい)も15歳。


かくて前章冒頭の場面につながる事になる。


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