Q.異世界に転生するには? A.死ねばい
異世界百合百合学園ジュブナイルが書きたかった。
三話で終わる短編です。
例えば、小学生の頃。私の家で友達と遊んでいる時。
その友達と喧嘩してしまったとする。
本当に大好きな友達なのに、たまたまそういうことが起きてしまったとする。
そうして家を飛び出した友達が、トラックに轢かれて死んでしまったとする。
生き残ってしまった方は「あの時喧嘩してなければ」と思う。
友達の両親はぶつけようの無い悲しみを飲み込んで「あなたのせいじゃない」と慰める。
他の人も同様に、「あなたのせいじゃない」と言う。
生き残ってしまった方も、これは偶然の事故で、理屈の上では自分は悪くないと理解する。
それでも生き残ってしまった方は「わたしのせいだ」という感情を殺せずにいてしまう。
この生き残ってしまった方が、わたしだとする。
◇ ◇ ◇
氷室雪芽。先日の誕生日で十七歳。学力普通。運動能力そこそこ。容姿はクラスで上から四番目、らしい。(そうクラスの男子が噂していた)
これが私の属性。おそらく、一般にもそう理解されている。朝起きれば夏の暑さを恨むし、朝食は白米派で、でも今日はきまぐれでシリアルを食べたりする、そういう普通の人間。
夏休みだというのに太陽は休まずセカイを照り付けて、青空は白い雲を適当にちぎって浮かべて、付き合いきれないと言わんばかりだ。
今日は補習授業の日だ。夏休みだというのに。
進学校の教師は休みを削るのが趣味らしい。多分夏休みに楽しい思い出がないのだろう。教師になるくらいだから、海とかお祭とか行かずにずっと勉強していたに違いない。
洗い立ての制服。おろしたての靴。パスケースとスマートフォン。それとかばん。
エアコンに「また会いたいね」と言って、コンクリート・ジャングルに繰り出した。
◇ ◇ ◇
ひどい目にあった。
ようやくの思いで自分の席にたどり着くと、前の席のカリンが「ひっ」とホラー映画を見たかのような声を挙げた。
「その反応はひどいとおもうんだ」
「眼帯して頭にホータイ巻いてたら誰だって驚くわ。何があったの?」
「トラックが正面から突っ込んできて、運よく避けられたんだけど」
「動体視力神か」
「どっちかっていうと反射神経かな。そしたらトラックがブロック塀に突っ込んで、その衝撃で飛んできた欠片が頭に当ったっちゃった。ああ、可哀そうな私」
カリンの頬が引きつっているのは、私の運の悪さにどう反応していいか分からないからだろうか。それともどうしようもなく滑稽なシチュエーションに思考回路がバグっているからだろうか。どっちかだろう。あるいはどっちも。
「警察は?」
「呼んでないよ。その変わり運転手さんからたくさん示談金せしめた。あとでご飯おごってあげる」
「……病院は?」
「一応保健室には行ってきたよ」
ウソだ。頭の包帯も眼帯も自分で用意しておいたものだ。どうせ今日もケガをするって知ってたから。
「……アンタさ、毎日ケガしてない?」
「今頃気付いた? 昨日はアパート三階から鉢植えが落ちてきて肩にぶつかったし、その前の日は池に落ちたりした」
「運悪すぎでしょ」
「慣れてくると映画の中にいるみたいで面白くなってくるよ」
「いや慣れちゃダメなやつじゃん」
「将来は女優にでもなろうかな。そういえば池に落ちた時、幻覚が見えたんだ。鎧をまとった騎士様が、私を抱えて陸まで引き上げてくれたの。お姫様になった気分だった」
「水中で鎧のコスプレ?」
「水中で」
「酷い幻覚だわ」
カリンが呆れて溜息をつく。ちょうどその時先生が来たので、会話はここまでになった。
当然授業をロクに受けるつもりのない私は、そのまま机に突っ伏して寝た。
◇ ◇ ◇
補習授業は午前中で終りになる。カリンを誘ってそのままランチに行こうとしたが、その計画は私の下駄箱に置かれた白い封筒のせいで台無しになった。ハートのシールで封されていて、まごう事なきアレだ
「ラブレター?」
「たぶんそう」
「あらあらあらあら」
カリンが肘でつついてくる。痛い。
「誰から?」
「書いてない」
興味もないが。
「ちなみにどういう人だったら付き合う? イケメン? スポーツマン?」
「私といっしょにケガしてくれる人」
「あー……」
誰だろうとフるつもりなのが伝わったらしい。
「でも返事はしないとね。『屋上にきてください』だって」
そういうわけでカリンには先に帰ってもらい、私は一度降りた階段をもう一度上るハメになった。興味の無い相手に礼儀を払うために。
正直面倒くさい。早く家に帰って愛しのエアコンのために電気代課金したい。大体こんなに暑い日に屋上に呼び出すなんてバカなのだろうか。日光照りつけて暑いに決まってる。頭が沸騰してるのだろう。そのまま蒸発して死ねばいい。
◇ ◇ ◇
屋上には見知らぬ女子生徒がいた。長くて鴉の羽のように黒い髪揺らしている。美少女だ。なんだか多少は腹の虫が収まってきた気がする。ラブレターの差出人が来るまで眺めておこう――そう思っていたが、彼女は私に気がつくと、にこりと笑って声をかけてきた。
「初めまして。氷室雪芽さん」
「誰?」
「紅深紅」
「覚えやすい……思い出した。確か去年、一年生なのに生徒会長になった有名人」
その赤い瞳は魔的に人を魅了し、その黒い髪は自分の影すら虜にする。白い指で花を撫でれば、彼女を彩るため自ら花冠散らす。まるで異界からやってきたヒトガタ、この世界に彼女に並ぶ者はいない。――彼女にガチ恋した文芸部がそう記した、らしい。
「君に覚えててもらえたなんて、嬉しい……ケガ、してるのかい」
「あ、これ?」
頭に巻いた包帯を外し、眼帯も取ってみせる。
「ちょっとね、でももう治ったみたい」
「それは良かった」
「ところで生徒会長様がこんなところで一体何を?」
紅生徒会長はぽかんとして、「手紙読んでくれたからここに来たものだと思たけど」と言った。
「ああ」
ポケットの中から件の手紙を取り出し、見せる。
「女の子からだなんて思わなかった」
「おかしい?」
「別にいいと思うよ。でも文面はサイアクだと思う。『殺したいほど愛してます』――物騒だね」
「素直な気持ちを綴っただけさ」
「猟奇だ」
国語が苦手なのだろうか。そうでなければメンがヘラってる。
「狂ってる、とは何度も言われた。私は『nliy』だからね」
「外国語?」
「『こちら』の言葉だと『魔王』」
「私は勇者?」
「それは『あちら』の言葉だと『tyyatl』。私に何度も煮え湯を飲ませた鬼畜のこと。私はね、勇者に深手を負わされたから『こちら』の世界に逃げてきたんだ」
成程、と私は頷いた。確信を持っていえるが、紅深紅生徒会長は噂どおりの才色兼備の天才ではなく、人をからかうのが好きなコメディアンの様だ。あるいは中二病。言い換えてリア狂。いずれにせよ苦手なタイプだ。
「私は君が好きだ」
「そうなんだ」
適当に話をあわせて、折を見て逃げよう。
「君は『こちら』生まれだから気がつかないだろうけど、その体から溢れる魔力は私以上だ。『あちら』でも君に並ぶ者はいないだろうさ」
「へえ」
「だから君を殺して『あっち』につれて帰りたい」
「はい?」
「一緒に転生しよう。君は『あっち』の世界――こことは異なる世界、異世界で神話になるんだ」
「まって」
「私と一緒に世界を滅ぼしてもいいし、勇者と共に『魔王』たる私を征伐しにきてもいい。なにもしなくてもいいけど、君を放っておくなんてもったいないこと『あっち』の住民はしないだろう。――そうさ、君は『あちら』の世界に居るべきなんだ……! こんな不自由な世界に居るべきじゃない!」
「随分具体的な妄想だね……」
「君がそう思うのは」あくまで淡々と、常識を語るかのように続ける。
「『こちら』の世界に魔法が存在しないからさ。魔法を使うための技術も歴史も学術体系もない。そもそも『こちら』の空気は魔法の発現を抑えてしまう。『魔王』である私ですらこのザマ」
自称魔王が人差し指をこちらに向けた――《初級攻撃魔法・炎の矢 脅威度小・回避可能》――いやな予感がして、首をちょっとだけ右に傾けた。
その瞬間、紅生徒会長の指が発光。熱源が私の顔を掠めて跳んで行った。
恐る恐る後ろを見ると、床にもの差し程度の大きさの炎が刺さっていた(おかしな表現だが、見たままを言い表そうとするとこうなる)
コンクリートでなければ火事になっていただろう。ちょっとして、私にあたるはずだったそれは何事もなかったかのように消えた。
「手品?」「魔法」「トリック?」「魔法さ」「奇術?」「少し近い」「CG?」「機材はどこにあるんだい?」「『あちら』の言葉で『魔法』は?」「『nlgiy』」
深呼吸して、また魔王様に質問をした。
「あなたが私を殺そうとするのはその、殺して異世界に転生させるためだとして」
「その理解であってる」
「今日私をひき殺そうとしたトラックは――」
「私の魔法でドライバーを催眠状態にしたのさ」
「一昨日鉢植えが落ちてきたのは」
「風の魔法で落とした」
「池に落ちたのは」
「それは君がドジなだけ」
「あ、そう……」
「でもその前の日、君がリビングでお昼寝している時にガスのゴム管を切ったのは私。空間転移の応用でちょきんと」
ならば、と私はある陰謀論じみた質問をぶつけた。
「高校に入ってからのケガは、ほとんどあなたのせい?」
「そう、私がやった」
魔王は妖しげに笑い、続けて言うことには、
「事故死に見せかけた方が『あちら』に転生した時、精神的なショックが少ないと思った。けど、それは何だか無理みたいだ。直感か未来予知あたりのパッシブスキル? それともLUK値が高いのかな。何でもいいか。だけどそういうワケで――そう、私が直接殺すことに決めたのさ!」
魔王・紅深紅が言い終わる前に私は駆け出していた。逃げるのだ。この狂人から――《初級攻撃魔法・緑の鎖脅威度大・回避不可》――私の中の何かが無慈悲にそう告げた。
要するに私は判断ミスをしたのだろう。サイアクだ。
コンクリートの床が割れて、そこからツタがせり出してきた。私の手足を縛りあげ、あっという間に女子高生の磔の完成である。
「ちょっと荒っぽくなっちゃった。いわゆる拘束魔法は苦手でさ。だって、みんな逃げ出す前に死ぬから。ふふ、君は優秀だ。ちゃんと自分より強い相手から逃げ出せるんだから」
魔王が私の顔を撫でる。やさしく、愛おしく、これからおまえを殺すのが待ち遠しいと言わんばかりに。
「不思議に思わなかった?」
「何を?」
「傷治りが異常に早いことについて」
「そういうことなの?」「そういうことなのさ」
そういうことらしい。
「じゃあ、向こうでまた合おう。勇者のパーティーに入ってもいいけど、できれば私と一緒にいてくれるといいな」
そう言って魔王は炎の剣を呼び出して、私の胸に突きつけた。
「ね、魔王様」
「なんだい」
「不思議に思わない? どうして私が今日の今日まで生き延びられたのか?」
ふ、と魔王が笑う。
「君の魔力なら何もおかしくないね」
「思考停止はダメだよ。あらゆる可能性を加味しなきゃ。私は一つ仮説が立ったところ。うん、騎士様のお話をしてあげる」
「興味ない」
「興味ない? ちょうどケガをし始めてから現れ始めた、私の力ではどうしようもなくなった時にやってくる鎧の騎士様」
「――ッ」
「この前は池から救い上げてくれたし、暴漢に襲われた時も助けてくれた。」
魔王は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「魔王がいるなら、きっと勇者もいるよね」
風が頬を撫でた。
夏の薫りを乗せたやさしい風だ。
きっと今日もまた、誰かが助けてきてくれたのだろう。
突然、屋上の扉が開いた。そこには待ちのぞんだ鎧の騎士が居た。
それに気付いた魔王は怒り狂い、叫び声を挙げた。
「『風の勇者』ァ!」
魔王が炎の矢を鎧騎士に放つ。しかしそれは、鎧騎士に届く前にかき消された。よく見ると、騎士を中心として木枯らしのようなものが発生している。風のバリアーのようなものだろうか。――《中級防御魔法・風纏》――私の中の何かもそう告げている。
「くそ、くそくそくそ、クソっ! おまえはいつもそうだ! いつもいいところで邪魔して――ッ! なんなんだよおまえは!」
「……」
鎧騎士は答えない。ただ無言で腰に下げた手斧を構えた。
駆け出す。見た目からは想像できない身軽さだ。一瞬で魔王との距離を詰め、その脳天に狙いをつけた。
だが魔王も冷静だった。この一瞬の間に状況把握と解決策を練り上げた。
(……私の魔法はこの世界ではうまく発現しない。この距離で中距離攻撃魔法を使わないあたり、それは向こうも同じだ。だが、私は『あちら』で受けたダメージを癒しきれていない。風纏を消し飛ばせるほどの魔法は、まだ放てない)
ハ、と魔王が自虐気味に笑った。
(逃げるか)
魔王がぱちんと指を鳴らすと、眩いばかりの光が屋上に溢れた――《初級攻撃魔法・目潰し閃光》――私は間一髪のところで目を閉じることができた。しかし騎士は視界が奪われ、動きを止めた。
その隙に魔王は屋上のフェンスに向かって移動した。視界が晴れた騎士がそれを追いかけようとするが、今からでは間に合わないだろう。
跳躍。魔王はフェンスを飛び越え、遥か四階下の地面に向かって飛び出した。
「助かっ、た?」
どうやらそうらしい。
「……」
風纏を解き、鎧の騎士が私の方に歩いてきた。すると腰のポーチからナイフを取り出した。一瞬刺されるのではないかと思ったりもしたが、どうやらそうではなく、ツタを切ってくれるらしい。
一本一本ていねいに、私の体にあたらないように気を使いながら拘束を解いてくれる。優しい。
最後の一本をきり終えると、鎧騎士が私を抱えて降ろしてくれた。
「ありがとうございます」
「……」
やはり答えない。でも多分感謝の意は伝わった。と思う。
鎧の騎士が私に背中を向けた。
「待って」
立ち去ろうとしているのを止めて、私は続ける。
「もう二言だけ」
立ち止まったあたり、耳を傾けてくれているのだろう。
だから私はこう詠唱した。
「ごめんなさい。『緑の鎖』」
「――!」
驚いているようだ。それはそうだろう。私が魔王の真似事をした上、ちゃんと魔法が発現しているのだから。
植物のツタがせり出し、鎧の騎士を拘束する。騎士様がもがくが、意味を成さない。今度は騎士様の磔が完成した。
「……なんで魔法が使えるんだと思う? 私もわからない。けど、魔法を見ているうちになんだか自分でも使えるような気がしてきて――うん、多分魔王が魔力がどうこう言ってたのはこういうことなんだと思うよ」
私は騎士様の冑に手を掛けながら、続けた。
「私が暴漢に襲われた時、誰かが助けてくれたの。今みたいに。
私が階段で突き飛ばされた時、やさしい風が私を拾ってくれたの。
私が大切な友達――だった人のことを思い出して泣いていた時、やさしい風が涙を拭ってくれたの。
きっと全部あなたがしてくれたことで、あなたはだあれ?」
そっと冑外す。鎧騎士のその美しい顔が露になった。
「――」
東洋人と思しき黒い髪、黒い瞳。両目の下に泣きボクロ。唇は振るえ、彼女はこの再会どうしたらいいか分からない風情で――いや、多分私を避けていたのだろう。
ああ、私はこの顔に見覚えがある。
もう一度彼女に会えたら自分はどうなってしまうのだろう。そう思いながら過ごしてきた。
泣くのだろうか。
喜ぶのだろうか。
罪悪感で押し潰されてしまうのだろうか。
実際のところそれはありえない想定で、なぜなら彼女はとっくの昔に死んでいるのだから。
だが、ありえてしまったのだ。
天野凪紗。
起こり得ない想定が、目の前にいる。
「久しぶり」
凪紗が戸惑ってる中で、こんなつまらない言葉がするりと出てくるあたり私は意外と冷たい。
十年近く前、つまらないこと喧嘩で彼女は死んだ。それは自分のせいでないと知りながら、今までずっと自分の事を責め立てていたのに。
彼女が生きていてホッとしたから?
違う――
「――なあんだ、そういうこと」
私はそう言ってツタを解いた。凪紗は上手く着地し、「あのさ――」と何か言いかけたけども。
「ごめん、強引だったね」
私はその場から駆け出した。
「あっ……」
凪紗がそれでも何か伝えようとしていたが、聞こえない振りして屋上から逃げた。
階段を駆け下りる。屋上にかばんを置きっぱなしにしてしまったが、そんなことどうでもいい。私は何よりも、彼女の前から消えたかったのだ。
鎧騎士が凪紗だと気づいた時、私は何を思った? 答えはシンプルだ。
――なんだ、つまらない。
そう思った。思ってしまった




