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夜空の表情

作者: 佐藤佑

即興小説トレーニングにて

お題:夜の作品 必須要素:火星 制限時間:30分

で執筆した物になります。

 なんだか寝付けない夜。誰しもそんな夜を経験したことがあると思う。

 今日の俺がその一人だ。


 そんな夜には部屋の隅からある物を取り出すのが俺の習慣になっている。

 あれだ、いわゆる入眠儀式とか言うやつだ。


 俺は部屋の隅からその望遠鏡を取り出して窓辺に設置する。


 自分で買った物じゃない。かといって誰かに買って貰った物でもない。

 小学生のころ、某通信教育教材のご褒美に送られてきた物だった。


 あれから何年経っただろうか。この望遠鏡もずいぶんと色が褪せてきた。


 こんな季節に窓を開けたものだから冷たい風が入り込んでくる。

 俺はたまらずにベッドから毛布を剥ぎ取って自分の肩から羽織る。


 あーこれは明日の朝、身体の痛みを感じながら床で目を覚ますんだろうな。

 と自分の中でハッキリと予想がつく。いつものお決まりなんだ。


 毛布をかぶってまるで蓑虫の様になりながらも望遠鏡を覗き込む。

 今日の夜空は一体どんな表情(かお)をしているのだろうか。


「あっ」


 呆気にとられる。という表現が適切だろうか。覗いたその先にあったのは、

 その名の通り、真っ赤に燃えているかのような惑星(ほし)。火星それが目の前に現れたのだ。


 こんな偶然があるのだろうか。たしか火星が地球に接近するのは二十六ヶ月に一度。つまりは二年二ヶ月に一度。それが偶然寝付けない夜の俺の部屋の窓の目の前、望遠鏡を設置したその先にあった。


 いや、常識的に考えてこんな偶然があるわけがない。つまりはこういうことだ。今の状況が偶然ではなく『火星がそこに在ったから、俺が寝付けなかったんだ』。


「……ったく、俺はお星さまほど暇人じゃねーんだけどな」


 なんて、俺の事を起こしてくれやがった火星に悪態をつく。

 なんたって俺は忙しいんだ。

 期末試験は終わったものの、年末年始の長期休暇はバイトの書き入れ時だ。

 明日の終業式は……まぁ寝ていればいいが、その後に校舎裏に呼び出されている。

 相手が男ならエロ本を用意しておくか、ぶん殴ってやればいいから簡単だったんだが。

 そうじゃないから、どうすればいいのか俺には皆目見当がつかない。


「どーしたらいいと思います?ヴィーナスさん」


 いや、違うな。火星はマーズだ。ヴィーナスは他の惑星だ。

 星空に語りかけるなんて、俺はなんてロマンチストなんだ。

 こんなところ例のお相手に見られたらドン引きされること請け合いだ。

 なんて考えてしまったからだろうか、見上げた夜空の視界よりはるか下方。

 家の前の道路から聞きなれた声が聞こえた。


「あ、せんぱーい!なにしてるんですか?」


 噂をすれば影。なんでこんな時間に?と思いここで俺は初めて時計を確認した。

 現在時刻、十字過ぎ。最近学習塾に通い始めた近所の彼女がちょうど帰ってくる頃合いだった。

 通りで眠れない訳だ。火星なんて全く何の関係もなかった。

 無視するのも何なので、ちゃんと答えを返してやる。


「火星を見てたんだ。きれいだぞ」

「ホントですか!見てみたいです!」

「だめだだめだ。もう夜中だぞ、帰れ」

「えへへぇ。ご心配感謝です!」


 なんてそんな風に呑気に笑う彼女の笑顔が脳味噌に融けていく。

 そんな表情(かお)をされたら、冬の夜空みたいに冷え切ってた俺の気持ちだって

 元旦の日の出みたいな温かさを感じてしまうものなんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 30分でパッと書けるものなんだなと感心しながら、最後まで読ませていただきました。
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