第九話 枯れた心に溢れる涙、老人はただ撫でるばかり。
「キリノ。それはいったいどういう事か説明してもらえますか?」
街に赴き武器を探しに出かけた桐野が王城へと戻った時、真っ先にシレイアがそう言った。
「どういう意味ですかな。ただ武器を見繕えたので戻って来たまででございますが」
「武器?その禍々しい殺気を放つ呪装が?貴方にそれが分からないはずがないでしょう」
その腰に吊り下げられた刀、凩を見ながらシレイアは静かに大太刀へと手を添え、瞳は動きを見逃すまいと見開いていた。
「分かっておりますとも。しかし、この朱刀・凩は私の武器にしてシレイア殿やヘル殿を護る武器でございます」
「その言葉に」「嘘偽りなどありませぬ」
シレイアの言葉を遮って口を開いた桐野に対し、渋った表情であるもののシレイアは大太刀から手を放した。
「……まぁいい。それよりも今から第一師団は戦地に赴く。当然、キリノにも来てもらう」
「そこには神の勇者もいるのか」
「今はまだいないようだが奴の事だ。絶対にやってくる。そして魔族を蹂躙する」
「なら行く。どうすれば」
そう言って桐野がシレイアに近づいた瞬間に、大太刀が振り下ろされた。刹那の抜刀から間を置かずしての一撃。
「……どうしたのだ。シレイア殿」
それを寸前のところで止めた桐野は一旦、大太刀の間合いの外へと飛び下がる。
そして桐野は気付いた。
大太刀を振り下ろしたシレイア自体が、信じられないといった表情をしている事に。
「これが、私の呪いだよ。周囲の奴らの殺意を増幅させてしまうのさ」
そんな声が桐野の頭で響いた、その声は掌の中にある凩の声。
「なるほど。斬れ味の代償に身体を刀に乗っ取られ、更には敵が本気で殺しにかかると」
「そうだ。だから私は呪装と呼ばれたんだ。手に持ち続けた人なんてもういない。どれだけ私が語り掛けようともすぐに居なくなってしまう!殺してしまうんだよ!私が!」
震えた声は桐野の中で何度も響き、カタカタと刀身が鳴く。凩の中に秘められた思いは、突如として爆発した。
「人を斬りすぎた私は!その持ち主すらも殺してしまう!」
「だからもう!私を!」
捨ててくれ。
手放してくれ。
一人にしてくれ。
「それはよいな」
そう言おうとしたその瞬間に、桐野の言葉に遮られた。
「…………は?」
「凩。その名は木を枯らすと書いて木枯らしと読み、木の葉を落とす風の意味を持つ。お主を振るったとき、その軽さゆえに儂は店ごと武器を斬れた。そして今も防ぐことに成功した」
「………だから、なんだよ」
「木枯らしが落とした木の葉はな、後に咲く若葉の養分に、後に羽ばたく蝶の餌に。更には笑う子供が食べる焼き芋の火にもなる。けれど、それは木の葉が落ちてなければならないのだ。木枯らしが落とさねばそれらは全て叶わぬものなのだ」
「お主の抱えるその呪い、それがもたらす災いも含めて全て。重々承知した。これでは命がいくつあっても足りん」
「だが剣の腕なら足りる。如何なる窮地も、如何なる強敵も、お主がいれば全て儂が斬り開いてみせよう」
「さすれば儂は生きられる。勇者を止めれば魔族も蹂躙されずに済む。お主も儂を殺さずに済む」
「そんっな!屁理屈が通じるものかッ!」
「屁理屈ではない。現に今儂が防いだ一撃、あれを振るった者はこの魔王軍きっての剣豪である」
「その剣豪の殺意に満ち満ちた一撃を、儂は不意打ちであっても防ぐことのできる腕を持っている!」
「凩よ。今一度お主に問う」
「儂では、不足か?」
「…………貴様ズルいな」
「なぜだ?」
「ここで私が否定しても、私は逃げられないし、貴様は握り続けるだろう。違うか?」
そう言った凩を桐野は優しく鞘に納めた。
「全てお見通しという訳か」
「なーにがすべてお見通しという訳か。だ。これでは私には拒否権なぞ無いではないか」
「それで、どうなのだ?足りぬか。儂では」
「ああ、全くもって足りんぞ剣豪!腰に枯れ葉でも差した方がまだマシだ!」
桐野が質問の答えを問うと、凩は少し間を開けてそう言った。
その時も、ただ刀身はずっとなき続けていた。