第五話 異世界最強対幕末最強。
「死ぬ覚悟は、出来たか?」
ついに邂逅した二人、意気揚々としていた匠の勢いはその言葉によって削がれた。握る双刀がどちらも震える。この世界でまだ味わった事の無い感覚が、桐野の斬撃と共に襲い掛かる。
「な?は?クソッ!」
振り下ろされた一撃を双刀で受け止めた匠。しかし、その勢いが強すぎるあまりに刀が押され、二つの双刀の峰が自分の頭に叩きつけられる。
「ほう、頭蓋も割れぬとは儂も衰えたか」
「違うね!俺の魔法が機能してるんだ!剣だけのあんたには負けねぇ!」
受け止めている双刀の内の一振り、若葉色の刀を守りから攻めに転じさせ振るう。
「雷鳴刃!」
魔力を込めて振るった一撃は難なく避けられ空を切り、その先に走った雷鳴が空高く昇る雲を裂いた。
守りが薄くなり、攻撃を避けられたことで生じた僅かな隙に桐野は木刀を腰に収め握り直す。居合の構えだと認識した匠がもう一振りの紅葉色の刀を振り下ろす。
けれど、その刀は何も捉えることは無く、行き場を無くした爆炎が前方を焼き尽くすも、その中に桐野の姿はない。
「何処に行った……?」
見失った匠。
その背後から息を吐く音。
機敏に反応し振り向いた瞬間に身体が宙を舞う。
背中を斜めに一閃した桐野の居合、それは魔法を貫通する事は無きにしろ、匠に甚大なダメージを負わせた。
「斬れぬか。まほうと言うのは厄介だな。二度殺そうとも殺せなかった」
「なんだよ……あんたも最強を貰ってやがったのか」
「いや、儂は木刀を硬くして貰っただけだ」
その事実が更に匠を追い込んだ。最強の能力を貰った自分が、この世界にて最強の称号を得た自分が、少し武器を強化してもらっただけの師匠にすら叶わない。
「なんでだよ」
「何がだ」
「なんでその強さを。教えてくれなかったんだよ」
愚痴をこぼしながら双刀を構え立ち上がる匠、桐野は会話を交わしながらも抜き身の木刀を手に歩み寄っていた。
「人を斬って得た強さを、人を斬らずして伝えるのは無理だ」
「その強さに憧れて俺は道場に入ったんだよっ!」
そう言って魔力を刀に込めた匠。
「爆炎刃!」
「雷鳴刃!」
「爆雷炎鳴刃!」
二つの刀から放たれし斬撃は混ざりあって空を駆ける。燃ゆる炎が、轟く雷光が、共鳴して桐野に牙を剝く。
「空を走る色づいた斬撃とは、見るのは初めてだ」
桐野は迫り来る刃に対し悠長にそんな事を呟きながら木刀を両手で握り、蜻蛉の構えより低めに構えた八相の構えを取る。
その刹那に、匠は何が起こったのか理解できなかった。
目を逸らすこともしていなかった。痛みに耐えながらも桐野の姿を睨んでいた。瞬き一つせずにその姿を見据えていた。
しかし、気が付けば桐野は木刀を腰に差し戻しており、自分の放った魔法の刃は炸裂することなく消失していた。
「何が……起こった?」
「燕飛の袈裟弐太刀。八相の構えから瞬時に袈裟斬りと逆袈裟斬りを放つ剣技」
「でも道場の剣術にそんなものは無かったはずだ!弐撃撃ち込むなど!一の太刀を疑わず、弐の太刀要らずと言っていただろう!」
自分の見た光景、説明された剣技、理解のできない事柄に匠が取り乱す。
「これは、先ほど言った教えられぬ強さ。故にあの道場にて教えるようなことはしていない。我が剣技は幕末の剣戟の中で研ぎ澄まされし我流の物にて、一子相伝の類ではない」
「こんな強さ持っておきながら……隠してたのかよ!強くなりたいと願う者を集わせながら!真の強さは明かさなかったのか!」
怒りに身を任せ双刀を握る匠がそのまま飛び上がり、二刀で同時に切り掛かる。
「あそこに集ったのは剣道における伝統的美学、そして定められた規律規則を守りながら鍛錬を積むことによって培われる心の強さを求めた者だ!剣の強さなど、もういらぬ時代になったのだ!」
振るわれた二刀を受け止め横に流し、そのまま斬り掛かる桐野。
「あの道場は、己の…ッ!」
しかし、その斬り掛かる刹那に桐野はこめかみにピリッとした感覚を覚える。
即座に片手に持ち換え木刀を振るい、離した片手で飛んできた物を掴んだ。
「なっ!?矢を取った!?」
その事実に目を疑う者が一人、その谷の反対側から矢を放った張本人。紫の髪をし長弓を携えた女を桐野が捉えた。
「毒の塗られた吹き矢に比べればこの様な物。掴めるだけまだマシだ」
「逃げろぉッ!シレイア!」
匠の挙げた声に反応した女性が即座に長弓を収め走りだす。
しかし、桐野は木刀を振った。見えぬ刃が谷を越える。
雲耀の鎌壱太刀。それは彼女の背を背中の長弓と矢筒ごと斬り裂いた。
「傷は浅いな……」
そう言う桐野の傍らで、その男は立ちあがった。
「さすがにもう、許せねぇぞ……!」
「多くの命を無差別に奪い、身近な命が傷付けられたら激昂するとは」
「うるせぇ!黙れ!」
「冷静さすら失ったか」
怒声を飛ばす匠の双刀から赤き炎と碧き閃光が沸き立つ。
「絶対に、俺はお前を倒すっ!」
「絶対に、今のお前には無理だ」
二人の衝突は、未だ止まず。