第四話 来襲した悪魔。
魔王城を飛び立って数十分。ようやく空を飛ぶ感覚に慣れ始めた桐野が眼下に広がる大陸を見て息を呑む。
巨大な樹を中心に広がる緑の樹海、赤いマグマがとめどなく流れる紅の火山、透き通り輝く青の海原。どれもが美しき自然の造形であり、生きとし生ける魔族の生息地。
「なんとも綺麗な世界だ」
そう、桐野が独り言をつぶやくと。
「そうですな。この美しき世を守るためにも、頑張りましょう」
その独り言に反応する竜が一匹。
「か、かるばりおと言ったか。話せたのだな」
喋り始めた竜の姿に動揺を隠せない桐野。しかし、カルヴァリオは気にすることも無く続けて話す。
「ええ、ヘル様の前では話しませんが」
「……?話せばよいではないか」
「ほっほ。その話は長くなりますし、そろそろ到着致しますので戦闘準備を」
「あい分かった」
桐野がそう言った瞬間にカルヴァリオが少しずつ降下して行き、桐野の眼がグライド谷を捉える。群れを成した鳥や空からでもはっきり見える巨大な人がグランド谷から逃げていき、その後ろから放たれた赤き刃の様な物が、その影を焼き切った。
「カルヴァリオよ。急いでもらえるか」
「あまりに急げば貴方が振り落とされる可能性も」
「考慮しなくてよい。行け」
「……了解」
途端に速度を上げ、ほぼ垂直に降下して行くカルヴァリオ。桐野はその背中にて腰の木刀に手を添え居合の構えを取っていた。
「降下し終えたら空へ逃げよ。カルヴァリオがいなければ儂は帰ることも叶わない」
「援護は」
「不要だ。むしろ周囲の魔族を助けてやってくれ」
「了解。それではすぐに着地致します。ご武運を」
カルヴァリオがそう言ってから、数秒の間もなく勇者たちの前に着地した。
「ド、ド、ドラゴンだぁああああああああ!」
「なんだ、最近の勇者とやらはいっぱいいるのか」
突然の来襲に動揺を隠せない勇者たち、その眼前に降り立ったドラゴン。その背中から降りてくる自分と同じ種族である一人の男。
「お前!人間の癖に魔族の味方をするのか!」
桐野にそう問いかけたのは鉄の甲冑に両手剣を携えた西洋の騎士の装いをした勇者。
その問いに対し桐野が放ったのは言葉ではなく斬撃。腰に差した木刀による居合切りは剣を折り、甲冑を砕き、身を切り裂いた。
「味方も何もありはしない、儂は斬ると決めたら斬るのみ」
「な、なな、なんなんだよこいつはぁ!」
木の棒一つで鉄をも砕く一人の老人に、その場に居た勇者は息を呑む。砕かれた甲冑の男が腹の傷を抑えて後退する。
「それでは。参ろうか」
木刀の柄を握り、大きく天に差す蜻蛉の構。
「こ、こいつっ!?逃げろ!殺されるぞ!」
その構を見た一人の勇者がわき目もふらず、一心不乱に走りだした。
「逃さぬよ。儂の太刀は」
桐野は手を緩めずに背を向けた勇者に対して凄まじい速度で木刀を振り下ろした。
その瞬間、勇者の背に一筋の斬撃が走り血が噴き出る。
「なぁ……!?」
「雲耀の鎌壱太刀。刀を振るう速度で鎌鼬を発生させるこの太刀からは逃れられんよ」
逃げる事すら許さない一人の老人を前に、絶望する勇者もいれば、怒りに身を焦がす者もいた。そして。
「全員!武器を持て!あの男を殺せぇええええええええええええええ!」
刺突剣を持つ一人の男が号令をかけ、先陣を切って桐野に突撃してゆく。されどそれに続く姿は無し。
「真の勇者はこやつのみか。敵を前にして闘志を失ったその他の軟弱者は何時までもそうして待っているがよい。来ぬ助けを、己が死を」
そう煽り立てる桐野が、刺突剣の鋭い一撃を難なく捌き足を払う。そしてバランスを崩した相手の首筋に木刀を打ち込み倒れさせ、最後に心の臓を突き刺して絶命させる。
「待たせたな」
木刀の血を払い歩み寄ってくる桐野を、彼らは悪魔としか見ることが出来なかった。いかんともしがたい強さの壁。命を散らす事も厭わない残虐性。迫り来る死の恐怖。
どうしようもない。そう勇者たちの心が一つになった時。
「爆炎刃・双!」
桐野に対して赤き刃が二撃放たれた。
「あいつの相手は俺がする!急いで死傷者。負傷者を女神像に運べ!まだ間に合う!」
「で、でもそいつは強すぎますよ!」
「フッ。俺の強さを忘れたのか!?どんな奴でも殺してみせる!」
「分かりました!お願いします!」
そう言って撤退してゆく勇者たち。その姿を見送ってから不敵な笑顔を浮かべる。
「さぁて死んだわけじゃねぇよな化け物さんよぉ!家族に別れは告げたのかぁ!?」
意気揚々と二刀を構え、啖呵を切り、爆炎により上がる煙を見つめる青年。
「相も変わらず、元気なようだな」
「…………え?」
その声を聞いた瞬間に青年の表情から、笑みと、余裕が崩れ落ちた。
「どんな奴でも殺してみせる。か」
「家族に別れは告げたのか。か」
その木刀を見た瞬間に、身体の奥底から震えあがる。
武者震いが止まらない。
「逆にこちらから問おう」
「死ぬ覚悟は、できたか?」
土煙は晴れた。それと同時に、青年は己が師の姿を見た。