第三話 幕末のドラゴンライダー。
次に桐野が目を覚ました時、広い空間の中央に彼は寝そべっていた。
「……ここが、魔王城なのか?」
起き上がってから周囲の確認をしつつ木刀がある事を確認する。
桐野が倒れていたのは赤いカーペットの上。上に何かの石像が座っている柱が並び、その先には階段が、そしてその奥には桐野の位置からでも視認出来る程の大きな椅子が設置されていた。
「そう。そのまままっすぐ進めば魔王様に会える」
そう、桐野の頭の中に響いた。慣れない感覚に頭を抑える。
「神か」
「そうよ、無事着いたみたいね」
「ああ、着いた。ここが魔王城か。中々に広いな」
「とりあえず、王に会いなさい。私は力の消費が激しいので寝ます。おやすみなさい」
「良き夢を」
神との会話を終えた桐野は言われた通りに柱の間のカーペット沿いに真っ直ぐ歩き始めた桐野。その桐野の上空から突如として振り下ろされた黒き戦斧を、桐野は難なく木刀で真横に受け流した。
「その視線。最初から分かっていた」
木刀を収め、地面に突き刺さっている戦斧の柄を蹴り上がり、柱の上まで飛び上がった桐野。
その目に映るのは蝙蝠の様な羽に豚の様な体格、それでいて二足で立ち戦斧を引き抜かんと力を籠めている化け物の姿。
「ビヒイイイイイイヒッヒイイイイィィ!」
奇怪な声を上げる化け物が戦斧を手放し桐野につかみかかる。空中に居る桐野にとってそれを回避する手段はない。
「遅い」
されどその手が桐野を捕まえることは叶わなかった。
桐野が放ったのは木刀での居合切り。それは木刀であるにもかかわらず迫り来る化け物の首をいとも簡単に斬り落とした。
「ギヒッヒィ……」
小さな断末魔を発し、痙攣を起こしながら地に墜落する化け物の身体。その死体には目もくれず先を急ぐ桐野。
「あらあらメガテリュンが一撃。それもそんな棒切れでだなんて、貴方が噂の勇者様?」
その先に立っていたのは一人の少女だった。周囲にたくさんの魔族を従えた群青色のドレスを着た少女。その少女から発せられる何か形容しがたいものを桐野は感じていた。
「いや、儂はその勇者を止めるべく来た者だ」
「あら。貴方がそのお方なんですね。話は聞いているわ。皆さん、すこし席を外してくださる?」
そう少女が言った瞬間に魔族たちは一斉に消え失せた。そうして二人きりになったところで神も姿を現した。
「おや、寝ていたんじゃなかったのか」
「あいつの叫び声で起きた」
「これはこれはロキ様。ご機嫌麗しゅう」
「お疲れ様ねヘル。けど今は暢気に挨拶してる時間も惜しい」
仲睦まじく話していた二人、しかし、すぐさまその態度を改めて桐野を見つめた。
「この方が、勇者を止めるものですの?」
「そうだ。向こうの世界で奴の師を勤めていた男だ」
「我が名は桐野利明。よろしく頼む」
「ヘルと申しますの!よろしく頼む!ですわ!」
「そういえば名乗ってなかったわね。ロキよ。よろしく」
一通りの自己紹介を済ませた所で、ロキが地図を開いた。
「これがこの世界全体のマップ」
「地図ですな」
「それで、今勇者はここにいると言われております!」
その地図の上をヘルが指でなぞると、なぞった部分が光り始め一つの場所を照らし示した。それは世界を二分する境界線の少し跨いだところにある飛類魔族や地類魔族の生息地と言われる”グライド谷”
「魔王城はどこに?」
「一番端っこだ。最深部こそが一番守りの硬い場所だからな」
「早めに行ってもらえると嬉しいのだけれど」
「馬は居るか?」
「う、馬?」
聞きなれない単語に惑わされる二人、「移動するための速き獣だ」と桐野が説明すると、ヘルが指を鳴らし口笛を吹いた。
「来るのか?」
「来ますわよ!ええ!」
ヘルがそう言った瞬間に扉が大きく開かれる。
その巨躯の肉体によって。
「はい!カルヴァリオ!」
巨体全体を覆う赤い鱗に黄色い瞳、さらに二本の角まで持った巨獣、そしてその巨体を支える強靭な足と巨大な翼は更に存在感を放っている。
「ヘル。ドラゴンを持ってきたのは良いけど、何でもかんでも名前を付けるのはよしなさい」
「はぁーい!それじゃキリノさん。準備は良い?」
そう聞かれても桐野は何も答えることは出来なかった。理解をしようとする頭が形容しがたい獣を前に煙を吹いていた。
「ま、まぁ。何とかして見せよう」
苦い顔で首元にまたがった桐野が、落ちないようにしがみつき、落とさないように木刀を握る。
「それでは、行って参る」
「一応その木刀には出来る限りの加護を掛けといたから、何とかなるわ」
「それでは!よろしく頼む!です!」
魔王と神に見送られながら、桐野と竜は空を駆ける。初めての世界での初めての体験をしている桐野に、空を見る余裕なんてなかった。