第二十八話 古き剣豪の見えぬ糸。
神に走る人間が二人、一人は神の勇者。一人は異世界の剣豪。
桐野が踏み込んではなった剣技、居合見参太刀。三度の居合を連続かつ瞬時に行う人の域を十分外れたその剣技を、オーディンは初太刀から刃を摘んで止めた。
「人は斬れても、これでは神は斬れんよ」
「いいや。言ってしまったのでな。斬る」
「折れぬ男よ。刀は折れそうだがな」
その言葉で刀を引き抜こうと力を込める桐野。しかし、その手は離さない。
「折られるわけには行かないね!」
突如として刀が雷光を発しオーディンに対して牙を剝く。複数に枝分かれするように放電し向かって収束して行く雷光にはさすがのオーディンも手を離して後退る。
「それは私の雷の魔力だな」
「先程斬り捨てたものだ」
「はっは。匠が叶わぬわけだ」
そういって槍を桐野に向けると、その背後に黄色い魔法陣が展開される。その魔法陣の色。そして尚且つ大きく弾けるような音が桐野にその魔法陣が何なのかを悟らせる。
「斬って見せよ」
その瞬間に槍と大地の間から稲光が走り、桐野の方へ尋常ならざる速度で駆け巡る。対する桐野は凩を鞘に納め居合の構え。
「フゥーッ……袈裟冷夏ッ!」
突進から下から斬り上げる様に刀を抜き、稲光を左右に割る。そして更に迫り来る稲光を袈裟斬り、逆袈裟斬りで寸分たがわず斬り、連続技を放ったところで刺突を放つ。
しかし。
「良いのか?」
その言葉で桐野は身体ごと後方に退き、凩は神に届く事無く鞘に納められた。
たった一言。その一言から何かを察したのか。桐野の額に汗が滲む。
「フン。意気地のない者だ」
「ではそろそろ意気地とやらを見せてやろう」
「ほぅ……?」
鞘から凩を引き抜き、語り掛ける桐野。
「少々手荒な斬り方になるかもしれん」
「良い、刀は人を選べぬ物だ。存分に振るえ。その代償は神の肉で良い」
「すまんな。では少々……失礼する」
静かに口から息を吐き、正眼の構えを取り、刀を握り込み神を睨む。
「無酸素状態、荒々しい手の握り、真っ直ぐな目。それがお主の言う意気地か?」
そう笑っていたオーディンが咄嗟に槍を振るった、受け止めるような防御の動き。されども桐野は微動だにせず、前にて構えを取っているばかり。
「なんだ今のは……ッ!?」
得体のしれない何かにおびえ、動揺を口にした瞬間に後ろを振り向きながら更に槍を振るうオーディン。しかし、何も捉える事無く空を切る。
そして。
「捉えた」
呟いた桐野が背後へ振り返り槍を振るったオーディンの背中に斜め切りを浴びせた、斬撃が背中に刻まれ鮮血を飛ばす。
「どうなっている……!」
飛び上がり桐野に雷を飛ばしながら状況を確認するオーディン。
しかし、その雷を避けながら桐野が振るった一太刀が、届かぬはずのオーディンの腕を浅く切り裂く。以前のグライド谷の時にもあった感覚。手を伸ばした際に斬られたあの感覚を思い出した。
「飛ぶ斬撃の正体は鋭利なる大気の振動か」
鎌壱太刀の正体を見極めながら周囲を見渡すオーディン。しかし、突如急降下しながら槍を突き刺そうとするオーディン。その槍に刀を合わせ後方へと受け流した桐野が納刀してからオーディンに迫る。
桐野の後方で着地したオーディンが迫り来る桐野に対して雷を放つ。前方に隙間なく拡散した雷光の壁を築き、それをもって桐野を包み込み抜刀する間も与えずに握りつぶす様に収束させた。
「やったかッ!?」
嬉々として声を上げるオーディン。しかし、その背後から放たれた刺突が身体を貫き、喜びは一瞬にして絶望にへと塗り替えられた。
「どうなってるんだ……ッ!」
刀を引き抜かれたオーディンが振り向く事なく桐野の前から消え去った。しかし、桐野が臨戦態勢を解くことは無く、一度呼吸を整える。
「貰ったァッ!」
その呼吸の隙。戦いにおける唯一の補給行動の隙をついて、何も無い空中から顕現し桐野に向かって突きを放つオーディン。
しかし、またもオーディンは突きを止め何も無い背後に攻撃を受ける構えを取った。
「なんだッ……今確かに背後から……ッ!」
そうしてまたも見せた背後を桐野に斬られた。しかし、先程までの苦悶の表情ではなく、何かに気付いたような表情。
オーディンが何かに気付いた。
「殺気……?神をも恐れさせるほどの殺気を放っているのか……?」
「いやしかし、殺気だけでこれほどの芸当を出来るのならばそれはもはや魔法の域だ……」
「なんなのだお主はッ!」
桐野はただ、凩に付いた血を払って刀を納刀した。これまでも何度も見た居合の構え。
「儂は人斬りだ」
そう答えてから横に回転しながら飛び込んだ桐野が、その状態で刀を抜いた。
「秋刀、木枯らしッ!」
飛び込みながらの居合術。飛び込む勢い、桐野の全体重を刀に乗せて放った変則的な居合はオーディンの身体を斜めに斬り飛ばす。
「おのれ……ッ!人間風情が……ッ!」
「慢心しなければ貴様の感じた物の正体も分かっただろうに」
「覚えていろ……ッ!」
刀の血を払い、納刀した桐野がその声に答える事無く歩き始めた。
その先に居たのは魔族の神。
肩に気絶した己が弟子を担ぎながら笑うロキの姿に、桐野も思わず表情が綻んだのだった。




