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執事は腹話術で主人を助ける

作者: はると

雪のように白い肌に折れてしまいそうな華奢な首筋。

手入れされた黄金色の長い髪からはいつも花の香りが漂い、すれ違った人間は男女問わず感嘆の息を吐きつつ振り返る。

果実のような赤い唇から紡ぎだされるのは、鈴を転がすような美しい声。

姫は今日もお気に入りの窓際の椅子に腰掛けている。

長い睫毛が揺れたかと思うと、悲痛のような訴えるような眼差しを向けられた。

心を揺さぶられる衝撃に片膝を着きそうになるのをなんとか堪える。


「…何を考えてる」

「慶福の象徴とされるカナリア姫にうっとりとしておりました」

「頼むから止めてくれ!」


低く荒々しい声が繊細な空気を一変させる。

目の前の人物は髪が絡むのもお構いなしにかきむしる。

不機嫌に眉をしかめて唇を歪める様子は、世間が抱くカナリア姫のイメージとは離れている。


「護衛に聞こえるから静かに…」

「じゃあその邪念に満ちた思考をどうにかしてくれ」

「顔に出てました?」

「ああ見事にな」


手で顔を覆って不機嫌な表情を隠す主人に近寄ると、懐から取り出した櫛で黄金の髪をとく。

その行動を咎めることはない。

絹のような滑らかな手触りに癒されていると、主人もゆっくりと肩の力を抜く。


「いつまでこんな生活が続くんだ」

「そうですねえ。本物のカナリア姫が帰ってこられたら、ですかね」


呪詛のような言葉呟きだしたことに、聞こえない振りをしながら櫛をしまう。


「何か新しい情報はありましたか?」

「国内での情報はない。リオルの話だと隣国に潜伏している可能性もあるらしい」

「潜伏って、まるで犯罪者ですね」

「俺にとっては似たようなものだ。実の弟を影武者に国を放浪しているんだからな」

「約束の一年まであと三ヶ月。もう少しの辛抱ですよ」

「あいつのことだ。約束通りに帰ってくるか分からない。自由奔放なんだ。俺の姉は」

「でもお姉様のお陰で私はジルスと出会えました」


私がこの世界に迷いこんでもうすぐ一年になる。

右も左も分からなかったわたしを助けてくれたのがこの少年だ。

今は訳あって女性の装いをしているが、中身は立派な(?)男性だ。


「そうだな。それだけは感謝しておこう」


考える間もなく頷くジルスに胸の奥がじわじわと温かくなる。


「私が私でいられるのはジルスのお陰です」

「ピンクのドレスを着た俺が正気でいられるのもサクラがいるからだな」

「お似合いですよ。見てて飽きないくらいに」

「いくら似合っていてもそろそろ限界だ。この一年で俺の身長がどれだけ伸びたと思ってるんだ」

「八センチです」

「何故知ってる!?」

「主の事を把握しておくのは執事として当然のことです」


そう言って気取った礼をとると、ジルスは呆れたようにため息をつく。


「…お前も燕尾服が似合っているな。見てて飽きないくらいに」

「ありがとうございます」


くるりと回ってみせれば黒い後裾がふわりと舞う。

女装と男装。

色々と訳ありの二人が顔を見合わせて微笑む。

そのとき祈りの時間を告げる鐘の音が響いた。

それを聞いてゆっくりと立ち上がったジルスの肩にストールをかける。

少し幅の広くなった背中を見てなんとも言えない思いが沸き上がる。


「さてと、今日もよろしく頼む。カナリア姫」

「精一杯努めさせて頂きますわ」


本業、売れない舞台俳優。

趣味、腹話術。

異世界へと迷い込んだ私は、今日もカナリア姫に変わり歌を紡ぐ。

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