第八話「スィ先生」
街の人たちに感謝されまくったバルディたちと俺は、次の日の朝クレマチスを立った。
バルディたちは何故ヨルたちが逃げたか、気になっていないようだった。
俺は自分のなかでしこりのように残っていた仮説のことは、言わないでおいた。
* * * * * *
次に到着したのは「ハイドランジア」という街だった。
その街はクレマチスよりは活気づいてはいないにしても、なかなか明るく、賑わっている街であった。
「それではイル君。授業を始めますよ?」
「はい、スィ先生!」
スィ先生の“お金の使い方講座”が始まった。
スィと俺はバルディたちがいる宿を出発し、街の、特に賑わっている場所にいる。
「それではまずお金の種類です。お金には、金貨、銀貨、銅貨があります。
銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100まいで金貨1枚です。
ではここで問題。
銅貨何枚で金貨1枚でしょうか?」
「10000枚!」
「正解!」
算数は得意なのだ。えっへん。
「ということは、金貨は簡単には手に入らないということです。」
…ほうほう。
「ちなみにそこらへんのお店で働いた場合、一日の給料は、銀貨8枚。」
スィが自分のお金を出しながら説明してくれる。
なるほど。
1ヶ月働いて金貨2枚と銀貨24枚。
…1ヶ月働いても金貨2枚と少しか。
なかなか大変だな。
「物価で言ったら…あ、物価っていうのは物が大体どのくらいの値段かっていう目安みたいなもの。
本で言うと、安いもので銀貨3枚くらいで、高くて金貨2枚以上するものがあります。
もっと高いのもあるかも。」
1ヶ月分の給料ぐらいじゃないか!
そんな高い本…誰が買うんだ?
スィ先生の授業は昼過ぎまで続いた。
やっと終わったあと、俺たちはハイドランジアの外れにある川岸の土手で、クレマチスで食べられなかった、あの“逆三角錐の上に冷たいグルグルが乗ってるやつ”を食べた。
これは“ソフトクリーム”と言うらしい。
「私ね、」
おもむろにスィが話始めた。
「母親に捨てられたんだ。」
それは、俺の身の上話とは比べ物にならないくらい壮絶な、スィという少女の過去だった。
俺の予想は当たったと言うかもしれないが、正直想像以上だった。
そしてそんなやつらと俺の叔父が、俺の力だけを狙っているという事実を重ね合わせると、自然と怒りがわいてきた。
「スィちゃんはさ、“亜龍”をどうおもっているの?」
思えばそれは聞いてはいけない質問だったかもしれない。
スィは黙って俯き、
「どう思ってる…」
そしてこちらを振り向き、
「…わからないや。」
困ったように、口元に少しだけ笑みを浮かべて答えた。
俺は少し驚いた。
何故ならスィが笑ったところを今初めてみたからだ。
会ったときからずっと彼女は無表情だった。
別の顔を見せたのはホントにこれが初めてだったのだ。
「そっか…。」
俺はこう返す他なかった。
* * * * * *
イルがお金を使えないというので、私が教えてあげることにした。
硬貨の種類から物価まで、他にもいろいろ。
だんだん熱が入ってきて、昼過ぎまでかかってしまった。
最初、イルが一度も家周辺から出たことないというのは半信半疑だった。
でもホントにイルは何も知らなかった。
常識とかは本を読んだことが項を期して、あることにはあったが、それ以外は知らないことが多かった。
そんな中始めた“お金の使い方教室”だったが、イルは意外と物覚えもいいし、計算も得意だ。
教えるのに苦労はしなかったけど、自分と同じぐらいの年齢の男の子に金の使い方なんて教えるのなんて、変な感じがしてならなかった。
自分は親に捨てられた。
だがイルも生まれたときから狙われ、親を両方殺されるという、何とも言えない“業”を背負っている。
スィは時々思うのだ。
もし、自分が3歳まで龍を使えて、母親に捨てられていなかったとしたら。
イルとは敵同士となっていたことだろう。
そんな、運命がひとつ違うというだけで今の状況がガラリと変わるなんて、と考えると不思議な気持ちだ。
“自分は亜龍をどう思ってるか”
この質問をイルに問われたとき、どう答えていいかわからなかった。
敵である氷月鏡はスィの母親である。
それを倒すという気持ちには、今まであまりなれなかった。
バルディとの旅に出たのも、なんとなくだった。
だがイルに出会って、11年ぶりに母親の姿を見た。
母親は変わってはいなかった。
悪い意味で。
自分を居ないものとして、力だけを求めてイルに話しかけていた。
11年前と全く変わっていなかった。
嫉妬や憎悪など通り越して、呆れが残った気がした。
それでもやはり親子だからなのか、
倒して殺そうという思いは明確に生まれることは無い。
故に迷っている。
自分がどうしていいのか、わからなくなっていく。
イルの質問を受け取ったあと私が俯いてしまったのを見て、イルはちょっと不安そうな顔をした。
この人は思ったことがすぐに顔に出る、ということは最近わかったことだ。
まだ会ったばかりなのだし、まだまだ彼に対して新しい発見があることだろう。
もしかしたら、私のこの悩みも解決してくれるかもしれない。
そんなことを思って、私たちはバルディたちのいる宿に戻って来た。
* * * * * *
俺たちが宿に戻ると、
バルディ、ニノ、ナノ、
そして知らない男がいた。
こんな言い方すると、
「誰よそのヒトはっ!誰なのっっ⁉」
とかなんか痴話喧嘩っぽいのを想像してしまうが、
部屋の雰囲気はとってもシリアスだったので、そんな冗談を考えている暇もなかった。
『え、誰?』
俺とスィの声が重なった。
見れば男は“どっかの王国の使者でーす”とでも言うようなしっかりした身なりをしていて、胸には紋章のようなものが付いていた。
そいつはさっきからずっと黙っている。
そしてニノとナノも俯いて黙っている。
バルディはいつになく厳しい顔をしている。
ただ何も知らない俺たちだけが、困惑した顔を浮かべている。
現場は異様な雰囲気だった。
「この人は…、」
バルディが口を開いた。
「ニノとナノの、執事だ。」
ひ…つ…じ…?
え、あの、グルグルした角を持ってて、“メェ~”と鳴くあやつですか?
それにしては角ないしメッチャ人っぽいし…。
「イル。羊じゃないからね?」
スィがこそっと言ってきた。
「わ、わかってるよ…!」
何故バレたし。
すると男がやっと口を開いた。
「はじめましてお二人様。
わたくしは、南の王国“アルストロメリア”から参りました、
王女であるニスレア様とナディア様の執事、ロロイ=ハイベリカムと申します。
この度は………、」
「王女様方を連れ戻しに参りました。」