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第五話「水月鏡の過去」


その日は激しい雨が降っていた。






14年前、ひとりの少女がこの世に生まれ落ちた。


黒目がちな瞳に、真っ白な肌。

小さな唇に、薔薇色の頬。

流れるような黒髪を持つ彼女は、母親に似てとても美しかった。


母親の名前は「氷月鏡(ひょうげつきょう)」。

組織「亜竜」のブレーンであり、実力はNo.2。複数の竜を使えることができた。そして、母親もまた恐ろしいほどに美しかった。


「亜竜」に所属するものは、竜や竜に関係する道具の使い手でなければならない。

故に母親も少女に自分と同等、あわよくばそれ以上の力を求めた。




だが、少女は3歳になっても小さな竜一匹使えることが出来なかった。




母親は失望した。


“使えない”


と、実の娘を恨んだ。




そして捨てた。




王都:カトレアの市場ではぐれたように見せかけ、少女を捨てた。


少女は懸命に母親を探した。

はぐれたのも、いつものように自分が悪かったのだと己を責めながら。

母親も怒りながら自分を探してくれているのではないかと信じながら。



探し疲れて夕方になった。

そのとき少女は路地の中に母親を見つけた。

もちろん駆け寄ろうとした。




だが少女はそれが出来なかった。




母親が組織の仲間に、


“娘を捨てられてせいせいした”

“あんな子供、いるだけ無駄だ”


などと話しているのが聞こえてしまったからだ。

仲間はそれを笑いながら聞いていた。




少女は、自分は“捨てられた”のだとやっとわかった。

彼女の期待や希望は、脆く儚く崩れ去った。




母親たちが去り、激しい雨が降り始めても、少女はその場にずっと佇んでいた。





それから少女は、ギルドの幹部に拾われ、14まで育てられた。


幹部の男は彼女を大切に育てた。

だが少女は母親に捨てられたあの日から、感情をあまり表に出さなくなった。




少女の心はすでに死んでしまっていたのだ。




心配した男は、当初ひとりで行く予定だった旅に少女を連れて行くことに決めた。


何に対しても無反応に近かった少女だったが、男と旅をしていくにつれてそれなりの反応を見せるようになった。


とくに途中で出会ったニノとナノの影響は大きく、少女は普通に会話が出来るようになった。







* * * * * *




少女:水月鏡は、バルディに薪を取りに行かせられていた。

イルも一緒だった。


そもそもイルがひとりで行くなどと言い出したので、スィがついていく形になったのだ。 


無言のまま薪拾いが続いた。




「あっ」


最初に声をあげたのはイルだった。

彼の目の前に、突然魔方陣が出現したのだ。

その魔方陣は徐々に二人の人間を出現させ始めた。


出現したのは、一人目はバルディと同じぐらいの年齢の屈強な男、

二人目は、見るものに恐ろしさを感じさせるほどの美しさを持つ女だった。



「こんにちは、イルくん。」



男の方が話しかけた。



「どなた…ですか?」



震えた声で応じたイルは、隣で自分の声色よりももっと震えているスィに気がついた。


「…スィちゃん?」


イルが問いかけた瞬間、



「久しぶりね。水月鏡」



女の方が問いかけた。



「お…かあ…さん…。」


「あなたに用はないのよ。水月鏡。

それより紫香楽宮イル。この男はあなたの叔父さん、紫香楽宮正志(まさし)よ。」


用はないと言われたスィは、いろんな感情が入り交じった顔を歪めた。



「叔父だと?」


イルは、スィと女の関係に気になりつつも、問いかけた。




「お前のお父さんの兄だ。何も心配することはない。」


「…ねぇあなた、亜竜に入らない?」

      



イルは、さっき自分を拐おうとした黒い人達と同じ雰囲気を醸し出す二人を、信用するほど馬鹿ではなかった。



「さっきはうちの仲間が失礼したみたいだけれど、

どう?あなたなら優待遇よ?」



「すいません。俺の父さんと母さんを殺した人に、ついていくつもりはありません。」



キッパリとそういった途端、二人の顔色が変わった。


なにしろこの時、イルは何故さっきスィを見たときに恐怖したのかを思い出したからだ。





イルの両親を殺したのは、目の前にいるこの女だということを。





「…そう、覚えてたの。

そうよね…あなたは5歳だったものね。」



納得した顔の女に、険しい顔の男。

イル達は攻撃してくるのでは、と身構えた。



「大丈夫よ。心配しないでと言ったでしょう?攻撃はしないわ。

…出来ないし。」



そう言って身じろぎした女の姿が、一瞬ぶれた。

二人の身体はホログラムで映し出されていただけだったのだ。



少しホッとしたイルとスィに、女は、



「また時が来たら迎えに来るわ。

またね、イル。」



そして魔方陣は消えた。




今だ険しい顔のスィに、イルは

「帰ろう。」と声をかけた。


サッと踵を返すスィの背中に、

「あの女の人は…、」と言いかけたところで、


「知らない人よ。」


という、スィの会話を断ち切るような答えが返ってきた。



氷月鏡➡ひょうげつきょう

と読みます。

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