(5)りゆう(理由)とりゅう(竜)
「紫香楽宮イルだろ?」
「えと……なんで俺の名前知ってるんです……?」
イルは先のことで完全に人間不信になったせいで、バルディたちのことも疑い始めた。
だが彼はここで気づいているべきだった。
先ほどから“カミサマ”と呼ばれているのは自分であり、バルディが自分のことを知っている確率がかなり高いということを。
それに気がつかない彼は、やはり箱入り息子の気概が抜けていないのだろう。
そんな彼は、只今不信感を最大に募らせている。
「……バルディ、そんな訊き方したらイルが余計警戒するよ。」
「お、おう、そうだな。イル、驚かしてスマン。お前のことを知っているのにはな、深い訳があるんだ。」
「訳?」
「…まぁ、ただバルディとイルのおじいちゃんが知り合いだっただけなんだけどね。」
「あ…へぇ……。ッッて!ホントに!!??」
「あぁ~、スィ、そういうカミングアウトは俺がしたかったんだけどなぁ…。」
「……ん、早い者勝ち。」
「スィちゃん、やっるぅ~!きゃはは!」
「ニノ、はしゃぎすぎだよ。」
相も変わらずそんなぐだぐだな会話が繰り広げられているが、イルはいい感じに流された重要なカミングアウトのことだけを考えていた。
(え……、じいさんとバルディが知り合い…?)
「あの…じゃあ、祖父が死んだことって…、」
「あぁ、知ってるよ。」
バルディが当然のように答える。
「一週間前に、ギルドを通して速達の書留が送られてきてな。“そろそろお迎えが来そうだから孫をよろしく”だとよ。」
「はぁ……、そうなんですか。」
ただそこで聞き捨てならない言葉をバルディが吐いたことにイルは気づいた。
「ちょっと待ってください。…ギルド?今そう言いました??」
「あぁ、言ったぞ?なんせ、俺たちはギルドの王都本部から来たんだからな。」
「はぁぁあ~…、そういうことですか…。」
「ん?どうした、溜め息なんかついて。」
イルは、遺言状とはとても呼べないほど文量が少ない、例の手紙をバルディに渡した。
「ん、何々……ぶっ、ふはははははっっ!!な、何だこれっ……傑作だな!さすがあのじいさんだ!!」
「……端的すぎて、逆に素晴らしいね。」
バルディは大笑い。スィは謎な評価をしていた。
一方イルは(そりゃそうだな。)と苦笑いをしている。
「この分じゃ、お前、自分のことさえもわからずここまで来たんだろ?」
「自分のこと…?あ、まぁ何もわからずにここまで来たのは事実ですけど。」
「へぇ、知らない?…じゃあ8年前のことは?」
「8年前…俺の両親が殺されたときですか……でもそれ以外のことは特に何も…、」
実際イルは自身の両親が何故殺されたのか、わかっていなかった。
大方、誰か他の人から逆恨みでも買ってしまったのか…ぐらいに思っていた。
だがその理由を知っているような素振りをバルディが見せるので、またもイルは気になった。
バルディは「…ふむ。」と頷き、考えるているような顔を見せてから、イルの顔を真っ直ぐに見た。
「じゃあ昔ばなしをしようか。イルの出生から、今の状況に至るまで。俺の話せることを話そう。」
* * * * * *
「ハァ、ハァッ、うっ、ハァッ……」
男が森を走っていた。
それはそれはもう、懸命に。
自分の主に、“あること”を報告するために。
木の幹や滑りやすい落ち葉に足を取られながら、男は走っていた。
やっと主がいる建物に着き、廊下をダダダダッと駆けて一番奥の部屋の前に立ち、スパァンッと襖を両手で開け放つ。
普段であれば失礼極まりない行動だが、この時ばかりはしょうがなかった。
蝋燭だけで照らされる、薄暗い部屋の中には、数人の男が、彼らの今後の活動方針などについて話し合っていた。
その中でも特に発言権を持つ男が、開け放たれた襖の前にたつ、息を切らした自らの部下を、剣呑な目で見る。
「し、司祭様っ……!!!」
「……何用だ。」
部下の男はかしずいて頭を垂れた。
またも剣呑な口調で、司祭、と呼ばれた男が返事をする。
突然現れた上に、いきなり喋り始めた部下に、司祭以外の男が怪訝な顔をして、嗜めるより強い口調で言った。
「一介の部下のくせに、突然喋り始めるとは何て無礼な…!」
「よい。これは私が放った影者だ。」
司祭が男の言葉を立ち切る。
間髪入れずそう言われてしまった男は、「なんで影者が走ってやって来るんだよ…」などとぼやきながら、渋々と下がっていった。
「息は整ったか、猫よ。」
猫、と呼ばれた部下の男は「…はい。」と答えて顔を上げた。
必死の色が映るその目は、端が少しだけ釣り上がり、瞳は金色に光っている。
…なるほど、猫である。
「分家の方で、男子が生まれました。」
「分家……雄志のところか。だがそれに何か問題があったのか?」
「はい、それが村の噂によると、………であるらしいのです。」
「………ほう。」
五年後、紫香楽宮イルは五回目の誕生日を迎えようとしていた。
それが差し迫る、午前0時よりも少し前、イルは大好きな両親と布団の中で、イルが生まれたときのことなどを話していた。
父親が冗談を言えば、母親とイルはケラケラと笑う。
その日は幼いイルにとって、最高な日だった。
……これから起こることを除いては。
突如、寝室の襖が開け放たれ、数名の黒い大人たちが入ってきた。
何も言わず、土足のままどやどやと入ってくる。
驚いたイルの両親は、イルを守るように抱き締めて叫ぶように言った。
「あなたたちは誰ですか!?外にいた見張りの者は…、」
「神童を渡してもらおう。」
「殺したのか?もしかして、お前らは兄さんの…、」
「神童を渡してもらおう。」
大人たちは機械のように同じ言葉を繰り返し、イルの両親は全く要領を得られないまま、囲まれてしまった。
だがそんな絶体絶命の場でも、イルの父親は一応魔法が使えた。
なので持ち前の札をかざし、短縮した詠唱を唱える。
「烈風招来っ!!」
バッと風が吹き、大人たちが吹き飛ぶ。
……ハズだった。
すなわちその場には何も起こらなかった。
「なっ…!烈風しょ、」
「諦めなさい。」
大人たちの中から、艶っぽい女の声がした。
女は他の大人たちと同じように、黒い服に身を包んでいたが、白く長い足や、艶のある長髪、近くにいる他の女よりも二、三倍はあるであろうと思われる胸、蛇のように赤い瞳を持つ、一際目立つ美人であった。
そして女は大人たちの前に進み出て、イルの父親の目の前に立った。
「私の名前は氷月鏡。
ここには魔力結界が張ってあるため、貴方に術は使えない。
神童を渡しなさい。紫香楽宮雄志。正志様がお望みなの。
大人しく渡せば、貴方やそこの女の命は守るわ。」
「何故だ…。この子は神童でも、何も力を有してはいない!手首に神からの祝福の証、“慈悲の印”があるだけだ!」
「神童の証があるならばなおのこと…。鍛えさえすれば立派な依童となることでしょう。」
「神を降ろす気か……!」
「神童には生まれながらの使命があるのです。分家のような中途半端な者たちが所有するものではないわ。」
「イルをモノ扱いするな!この子は分家の子…私の大事な一人息子だ!いくら本家の正志兄さんにだって、渡せるものかっ!」
「そう……まったく残念だわ。それでは……死んでもらいましょう。」
「くっ……美沙子!!」
「はいあなた!……光属性魔法、ブロックダウン!」
「…何をっ…!?」
瞬間、部屋の周りに張り巡らされていた“透明な何か”がパリンッと音をたてて割れた。
透明な何かこと、自分達の結界が割れたことに、女を含めた黒い大人たちは動揺を隠せなかった。
「結界を割れば……五分五分だ!」
「…そうかしら。たかが分家の棟梁風情が。……格の違いを見せてあげる。やりなさいあなたたち!」
『火属性魔法、ファイアボール!!』
10人の黒い魔術師から一斉に魔法が放たれる。
だがイルの父親は、先ほどの札をかざして叫んだ。
「烈風招来っ!」
バアアアァァァァンンッッッッ!!!
凄まじい音と共に、火の玉が弾かれ、部屋の障子や魔術師たちが飛ばされた。
その隙をついて、イルの母親はイルを抱えて部屋を飛び出す。
男が数名、それを追おうとする。
「神童をが逃げるぞ!追いかけろっ!」
「!行かせるか、物理結界!!」
再び別の札をかざして父親が叫ぶと、追おうとする男たちの前で空間が歪み、それに男たちは思いきり体当たりをして、床に倒れこんだ。
「お前たちの相手は俺だ!火球…」
残りの者に追撃しようと、別の札を出して短縮した詠唱を言おうとしたところで、父親の言葉が途切れる。
「…え……?」
それもそうだ。目の前にかざしたはずの、“札も手も無い”のだから。
ボトッという鈍い音をたてて父親の腕が落ちる。
「うッ……な、なんだと……!?」
父親だって一人の術師。しかも稀な札術使いだ。しかも、それは人並み以上の動体視力を持ってなされるもの。
よって“今何が起きたのかわからない”という状態は彼にとってありえない。
「何を使った…?」
瞬間。
再びボトッという音がして、もう一方の腕が落とされる。
父親は、札を持つ手を失われた。
「ぐっ、あぁぁぁぁっっ………!!」
驚きで忘れていた激痛に呻く。
「手がなければ、札は持てないでしょう?」
氷月鏡が一本の刀を持って、現れる。
「そ、それはまさかっ、本家の秘宝のっ…、」
「そう、霊刀“神速”よ。本家の秘宝に切り伏せられるだなんて、滅多にないことでしょう?……これで貴方は終わり。」
「ぐぅっ…、イルと、美沙子、だけには、手を、出すn」
ザンッ
イルの父親の言葉をほぼ無視して、氷月鏡は霊刀を降り下ろした。
「神童は……、ゆっくり迎えにいきましょうか。」