(3)出会い①
「貴方を迎えに来たのですよ。紫香楽宮イル様。」
黒いスーツを着た、外見だけでも「怪しい」「危険」などと判断できるような男たちがイルを取り囲んでいる。
その数およそ30人。
表情はみな無だが、確固たる意思が垣間見えるので人造人間ではないのだろう。
だがいわれもない威圧を放っていることには変わりなかった。
その中で取り分け異彩を帯びているのは、先程からしきりにイルに話しかけている猫目の男だ。
その口許にはヘラヘラと怪しい笑みが浮かんでいる。
一方、当のイルは自分の名前が呼ばれたことに動揺しまくっていた。
(え、え、なんで俺の名前知ってるの?……怖い!怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!)
言い換えよう。
動揺ではなく、パニックであった。
それもそのはず。
田舎から出てきたばっかの少年が初めて出会った人間は、黒ずくめの男たち(某少年探偵の話ではない)。
それも、仲間になりたそうにこちらを見ているわけでもなく、仲間にしたそうにこちらを見ている!
………これ以上に怖がる理由が何処にあるだろうか。
イルが恐怖に固まっていると、猫目がまた口を開いた。
「怖がらないでください。私たちは貴方の味方です。」
その言葉に、イルはますます身構える。
(絶対嘘だ……本能がそう言っている!)
「疑いますね……。まぁ無理もないでしょう。ですが貴方様にはもう“断る”という選択肢はありません。……おい、お連れしろ。」
そう言って、猫目が隣にいた部下らしき黒い男に命令をした。
頷いた部下がイルの近くにいる五人ほどの人間に目配せをし、拘束にかかる。
イルは逃げられないことを確信し、ギュッと目を瞑った。
(じいさんごめん、俺、じいさんの唯一の遺言を守れなかった……。)
そう、その時であった。
物凄い轟音と共に、周りの男たちが吹っ飛んだのは。
* * * * * *
出会いというのは、いつも突然である。
そもそも山奥で育ったイルにとって出会いなんてもの、見たことも経験したこともないのだが。
ただそれは誰しにも突然やって来るという点ではみな平等であろう。
現在、紫香楽宮イルは仰向けに倒れていた。
呑気にそんなことを考えてはいるが、内心は驚愕に満ち満ちている最中である。
取り合えず何が起きたのかを確認するため、イルは起き上がり、周りを見渡してみた。
先ほど周りにいた、猫目を含む20人ほどの黒ずくめの男たちは消えていた。
いや、詳しく言うと、イルのいる(駄洒落ではない。)場所から前方100メートルほど先に吹っ飛んでいた。
恐らく、先ほど起こった強風のせいであろう。
イル自身は、吹っ飛ばされてはいないが、仰向けになって倒れてしまうくらいには、その風の多大なる強さは感じることができた。
不思議なのは、どうして「自分だけが飛ばされていない」か、ということだ。
ふと、強風が吹いてきた方向を振り替える。
そこには、一人の人間が立っていた。
そこには一人の人間が立っていた。
「……………。」
ズザザザザッッッと後ずさるイル。
せっかくの第二人間だし、もしかしたら助けてくれた人かも知れないのだが、さっまでのことを考えると警戒せずにはいられないイルであった。
人間不信の完成である。
ザッザッザッと足音がし、その人間が近づいてくる。
それがわかったイルは下を向いていた顔をますます伏せた。
「ねぇ、君。」
それはイルと同い年ぐらいの少女の声だった。
「!?」
イルは驚いて、思わずバッと顔を上げた。
「え……、」
“人形が目の前に立っている。”
その時イルは本当にそう思った。
さらさら黒髪のショートカットヘア。
潤んでいて煌めいていながらも、深淵のような黒い瞳。
折れそうに細い首には包帯が巻かれている。
真珠のように真っ白な肌が纏うのは、これまた真っ黒なセーラー服。
薔薇の蕾のような唇は、先ほど一言イルに言葉を投げ掛けてから開かれていない。
初めて会ったはずだったのに、イルにとってはなんだか初めてじゃないような気がした。
イルがじっと見ているのを不信に思ったのか、その少女は再び口を開いた。
「あなたは、神様?」
「…………へ?」
これが少女こと、水月鏡とイルの出会いだった。