(2)紫香楽宮イル
少年は、激怒した。
某文豪の作品の冒頭のようになってしまったことを許してほしい。
ただ本当に、少年こと紫香楽宮イルは彼の13年という短い人生のなかで、今最も憤怒しているのだ。
きっかけは彼の祖父が三日前に死んだことからだった。
彼の祖父は元ギルドのS級ハンター。
ハンター業を引退し、隠居して静かに最後を迎えようとしたところ、娘夫婦が何者かに襲われ死亡した。
そんな娘夫婦の忘れ形見であるイルを引き取り、13歳まで育て、三日前の晩に老衰でこの世を旅立ったのだ。
ここまでの話だと、イルの祖父は素晴らしい人であり、イルが現在激怒している理由がさっぱりわからないが、この話には続きがある。
イルは亡くなった祖父を家の外にある竹の根本に埋め、その上に良い感じの石を置き、彼なりの立派な墓を作った。
ちなみに何故家の外に竹があるのかというと、彼と彼の祖父の住み処は山の中にあるからである。
だが、一般的な生活に必要な備品や家具などは揃っていたため、決して彼らが世捨て人か野生人なのではないので誤解しないでほしい。
とにかくしっかり育ての祖父を葬ったイルは、まず始めに家の中を、詳しく言えば祖父の持ち物を漁った。
祖父が自分に何か残してはいないか、と考えたからだ。
そんなブツは果たしてあった。
あったのだ。
「遺言状」と書かれた手紙が。
「……よかった。」
イルは安堵の思いでその手紙を開けた。
というのもイルは祖父以外に身内がいない、いるのかもしれないが知らないため、今後の生活にかなりの不安をおぼえていたのだ。
きっとこの中には、これからの自分の生活のアドバイスが書いてあるに違いない。
そんな期待を胸に抱き、イルは遺言状を開封した。
そうして今に至る。
遺言状には何が書いてあったのか。
それはかなり気になるところだろう。
なにせ一人の少年の人生を決めかねない、なんていうシロモノなのだから。
そこには、
[イルへ
王都ギルドに行ってこいや。
祖父より]
としか書いていなかった。
そう、本当にそれしか書いてなかったのだ。
「いや、ふざけんなよっっ!!??」
故に少年、イル激怒。
(だいたい王都ってどこだよっ!俺行ったことないぞ!?)
そう、この山奥に住むイル。
実はこの家周辺から出たことがないのだ。
社会的な常識は祖父に教えてもらったり、本で読んだため多少なりとも知ってはいるが、実際に見たり、聞いたりしたものはかなり少ない。
というよりほぼ無いに近い。
まさに箱入り娘ならぬ、“箱入り息子”である。
これには理由がある。
イルは8年前自身の両親を殺された。
これはさっきも祖父のくだりで言ったのでわかっているだろう。
ただ、その時イルの身も狙われたのだ。
両親が殺される直前に祖父に連れ出され、イルは一命をとりとめたが、再び狙われることを危惧した彼の祖父は彼を山奥にある小屋に避難させ、世間の目に付かないように、半場隔離のように彼とそこで暮らし始めたのだ。
「………困った。」
怒りも少し収まってきたイルには、今後の不安が再び押し寄せてきていた。
とりあえず王都の場所さえわからないのでは何も始まらない。
イルは棚から国の地図を取り出した。
(王都は……西の方にあるのか。)
とにかく西へ歩いていくしかない。
そう思い、イルは旅の支度を始めた。
水や保存食、着替えなどをリュックサックに入れていく。
ちなみにこのリュックサックは祖父の形見である。
一体何日間になるかわからないという、なかなか危険な旅だが、「なんとかなるさ。」と楽観的に考えるイルであった。
さて、
出発したイルの右手には方位磁石が握られている。
西へ行けばきっと王都に着くはず。
そんなかなり甘い考えでイルの旅は始まった。
* * * * * *
「……どうしてこうなった。」
時刻は手元の懐中時計で午後8時。
辺りは既に真っ暗になっている。
その中に浮かび上がるのは、自分を取り囲む人間。
人間。
家を出て初めて出会った、第1村人…ではなく第1人間。
ホントは喜びたいところだが、そうもいかない。
その理由は、
・人数多すぎる。(ざっと30人ほど。)
・全員黒ずくめ。(怪しすぎる。)
・こちらをじっと見ている。(普通に怖い。)
イルの脳内では、
[ 話しかける or 逃げる ]
…………。
…………。
(断然、“逃げる”だろ……。)
逃げようと俺が右足を前に出した瞬間、黒ずくめ人間(今命名した。)の中のリーダーらしき人物がスッと前へ出た。
「!!」
そして止まったイルの足。
家の周辺から出てこなくて他の人間と関わらなかったおかげで、残念なことにイルはいわゆる「コミュニケーション障害」となっていた。
リーダーが口を開く。
「紫香楽宮イル様、ですね?」
(そ、そうなんだけど、そうなんだけど……。)
コミュ障を発病したイルはコクコクと頷くことしか出来ない。
「フフフッ、やはりそうでしたか。」
(“やはり”って、………なんで俺の名前知ってるんだ?)
俺の考えがもろに顔に出てしまったのだろう。
リーダーの男は「それは…、」と言葉を続けた。
「それは、貴方を迎えに来たからですよ。」
(なんだと。)