第五話 あなたのいる世界でさよならを。
ねえ、優雅。
あなたのその反応を少しだけ嬉しいと思っても許されますか?
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優雅とシンヤの3組の教室。今は、3限目だが今日も先生はいないため自習だ。特に理由も無く、複数の先生が昨日から休みだと聞かされている。
教室の後ろ、優雅とシンヤの席は何の因果か隣同士である。本人達はあまり嬉しくはない。
「昨日から休んでる先生多いよな、しかもニュースはまた集団自殺だろ?」
自習課題のプリントを解きながらシンヤは優雅に言う。他のクラスや学年も突然に先生が何人も休み、学校としては自習にしても監督できる先生が足りない状況らしい。それに昨日からニュースで原因不明の集団自殺が特集されている。ここ数年、このニュースは多くなっている。
「うわさだけど、うちの学校の先生や生徒もその集団自殺に係わってるって聞いたけど」
シンヤの前の席の生徒が後ろを向きながら言った。ついでにシンヤのプリントの答えを見て写しているようだ。何気にシンヤはこのクラスでは1位の成績だ、学年でも上位に入る。優雅も教科書を見ても分からない時はシンヤに答えを聞くことも多い。
隣の席で教科書のページをめくりながら優雅はシンヤに答えた。
「それマジかよ?まあ、昨日も遅れて来たのに出席もとってないとか笑えたくらいだしな」
「ところで、昨日は仲良く真希ちゃんと遅刻して来たんだろ?いったい何をしてたんだ?」
優雅が言えばシンヤはいつものからかうような笑みを浮かべている。優雅はまた真希とのことをからかわれていると直感すると、昨日のことを思い出しながらも“あの真希の姿”を心の隅に追いやって平静を装う。
するとシンヤはニヤリと笑うと確信をつくように言い放った。
「優雅、昨日は真希ちゃんの着替え見たんだって?」
「はっ!?つか、何で知って...俺は言ってないはずだろ!?」
シンヤの含みのある言葉に優雅は完全に真希の姿を思い出して顔を赤くしながらもシンヤに掴み掛かるような勢いで席を立って聞いている。何気に優雅の座っていた椅子は教室の後ろにあるロッカーに大きな音をたててぶつかった。
この教室も優雅とシンヤのこのやり取りをスルーするスキルを身に付けているため特に何かを言う生徒もいない。
「レイナが教えてくれたんだ」
「そっちを口止めしとくべきだったか...」
悪びれる様子もなくシンヤが情報源を言えば、優雅は自分の頭を右手でかきながら言った。あの“真希さん”とレイナを口止めをしておくべきだったと...真希がレイナに愚痴れば必然的にシンヤに伝わるというのはすぐに分かったはずだ。それなのに自分は何をしていたのか。
優雅は自分の椅子を引き戻して座った。
「昨日の遅刻の理由はそれで決まりだな」
「ああ、そうだよ。悪いかよ...」
またシンヤはニヤニヤと優雅をからかい始めた。すると優雅はあっさりと認めた。この状況では隠すだけ無駄だろう。
優雅は再び課題のプリントに視線を戻して解き始める...シンヤにとっては予想した反応とは違ったためか、つまらなそうに課題のプリントの最後の問題の答えを書き込みながら言った。
「珍しいね、慌てないなんて...つまらない」
シンヤは本当につまらなそうだ。何がつまらないって、慌てふためく優雅を見れないこともそうだが、今解き終わった課題のプリントもだ。まだやっていない範囲も含まれていたが簡単すぎる。
優雅は毎回からかわれてたまるかと内心思いながらも、考えるのは真希のことだ。最近様子がおかしいとは思っていたが、何か隠しているみたいでもある。
「お前なぁ...それに、今はお前とじゃれてる場合じゃねーんだよ」
「真希ちゃんが最近、体調を崩してること?」
本当にこいつは俺のことを分かっているなと、最近も思った気がするが本当にそうだ。シンヤは何か超能力でも持っているのかと突っ込んでやりたくなる。
優雅は次の問題に取り掛かりながらシンヤと話す。
「ああ、風邪とかじゃないみたいで...」
「心配なんだ」
シンヤはまたニヤニヤした笑顔で優雅の言いたかった言葉を奪った。いいかげんシンヤを殴っていいかと持っていたシャーペンに無駄な力がこもる優雅は“俺のセリフを取るな”とシャーペンと消しゴムを筆箱にしまうシンヤに言う。本当にこいつはムカつく奴だ。
「でも、俺だって心配してる。レイナも」
「...分かってるよ」
ふて腐れながらも優雅は、真希のことを想いながら教室の窓から空を見詰めた。
一方、同時刻。真希は保健室のベッドにいた。体調不良で授業を抜けてきたのだ。一昨日、優雅の傍にいるために、このとっくに命も肉体も失った体に別の命を奪い蓄え自分の持つ霊力でこの体を維持してきたが...もう思うようには動かない。
今までなら、別の命でこの体を維持できたのに、きっともう限界だ。
「っ...やっぱり、いつまでもはいられないの?」
とても泣きたい、でも自分は泣かない...否、泣けない。私はもう“おばけ”だ。人間じゃない、死んでいるのだから。
この体に人間らしく涙を流すなんて、もうそんな人間らしいことに霊力を使う余裕なんて無い。
「何で...な、んで...優雅の傍にいたいだけなのに・・・・・」
布団をいつの間にか握っていた。握り締めた両手に力がこもっていく...涙など流れていないのに、嗚咽して泣いているかのようだ。
布団を涙で濡らすことはない、もう頬を涙が伝い落ちることなんてない。
「つッ...くぅっ...」
真希の体が波をうって歪む、青白い肌が透けていく...座っている体制を維持できなくなり、真希は力無くだらりと前にうつ伏せた体制になった。
布団に、自分の体に自分の顔がすべてを無視してくい込む。
「はぁっ...本当にもう、時間が無いってこと...?」
ついにはベッドも通り抜けて保健室の床が自分の目の前にある。それでも自分の体が床についているという感覚もない。
真希はとてもかなしそうに床を見詰める。最期に想うのは、やっぱり桜木優雅のこと...私が初めて好きになって、恋をさせてくれたひと。こんなにも悲痛で、だけどずっと一緒に、傍にいたいと思わせてくれた優雅。
「でも、もう優雅も子供じゃないし...大丈夫、だよね?」
ーーーもう、泣いて私を呼んだりしないよね...?
ついに真希の姿は完全に消えた。一部の霊能力者を除けば、誰にも見えることも声を聞くこともできない。そこには何も、残らない。
この、真希が1つの出来事を変えて作り出した世界でさえも...。
放課後、優雅はまだ自分の教室にいた。先ほどまでシンヤは“真希の着替えを見た”というネタで優雅をからかって遊んでいた。さすがに部活に遅れるということで、やっと優雅を解放した。
ちなみに今日、優雅は真希といつもより早く帰ろうと約束していて部活を休むことにしていた。
「やっべぇ、シンヤに口止めしとくの忘れた。真希にまた変態呼ばわりされる...」
優雅は教室の時計を見ながら呟いた。これはまたシンヤがレイナに話して、それがきっと真希伝わるという3限の時の逆パターンに陥ってしまうだろう。最悪だ。
先に真希に先手を打とうと、優雅は急いで自分のスクール鞄を手に持ち、真希のいる5組の教室に向かった。それに体調の悪そうな真希を1人にしたくはない。
「わりぃ真希!遅くなった!」
廊下を走り真希の教室に着いて言ったが、いつも教室で待っている真希の姿はない。相手がいない優雅の声だけが寂しく響いた。
真希がいないことを不思議に思うが、教室の中に入って真希の机を見ればスクール鞄はここにある。いつも一緒にいるレイナの姿もないことを考えるとトイレでも行っているのかと思うが...優雅は妙な胸騒ぎを感じる。
「真希...?」
不安になり教室を見渡す優雅だが、廊下にもその姿はない。それでも、真希の姿は無いのに探してしまう時分が何処か可笑しく感じ、そして前にもこんなことがあったような気さえする。それはいったい“いつ”のことだ?
俺の中に原因の解らない不安が、胸騒ぎが、溢れていく。
「くそっ!真希、どこだ!?」
すると教室に戻って来たらしいレイナが優雅の声に驚き、どうしたのかと優雅の方に来た。優雅はレイナに気付いて真希のことを聞く...俺に、この不安をどうにかしてくれる答えをくれるだろう?
「真希なら3限の前に保健室に行ったんだけど、不思議よね...鞄を置いて帰るなんて」
「早退したってことか?」
優雅はそう聞けば、レイナはたぶんそうだと答える。あまりハッキリしないレイナの言葉は優雅の不安を解消してはくれない。
優雅は自分のスマホを制服のポケットから取り出し、真希のスマホに電話をかける...出てくれ、お前の声が聞きたい。
「おい、真希!?」
スマホのコール音が嫌に長く感じる。やっと真希が出たかと思うと、聞こえてきたのは真希の声じゃない。真希の声はしない。聞きたいのはそんなんじゃない。
優雅の不安はもっと膨れ上がる。
『お留守番電話サービスで...』
「何で出ないんだよ!?」
スマホの通話を止め、優雅は不安を抑えきれずに怒りに任せて怒鳴った。レイナや周りにいた生徒が優雅の声に驚いて彼を見るが、優雅だと分かった瞬間に視線を外していく。
唯一、レイナだけが優雅に大丈夫?と話し掛けるが...優雅は悪いとレイナに言うと、真希のスクール鞄を持って教室を出た。
ーーー真希!!お前今どこにいるんだよ!?
優雅は廊下を走り抜けて階段を下り、生徒玄関で靴を履き替える。同じクラスの友達にどうかしたのかと聞かれるが答えているひまはない。
再び優雅は真希の家へと向かって走り出した。