真希のいない世界 03
夕飯の準備ができたテーブルの上は、いつも通りうまそうな料理が並んでいた。真希がいた頃は俺と真希の好きな食べ物が半分ずつだった。今日も俺の好きな食べ物が多い。そう思いながら俺はいつもの席に座る。もう随分と長い時間、隣の椅子に誰の姿も無い。だからやっぱり“真希はいない”と、思い知らされる。
テーブルの上には鳥のからあげにポテトサラダ、グラタン...真希の好きな食べ物がほとんど無いと思いながらも、俺はどれから食べようかと迷いながら見ていた。ふと、話し声が聞こえてキッチンの方を見れば、おばさんの他に母さんの姿があった。
「リェナ、優雅の好きなものばかり作らせてごめんね」
「いいのよ。だって、優雅君の好きなものは親子そろって一緒だもの」
最近は母さん達のそんな会話しか聞いてない気がする。“真希”のことを、必死に忘れようとしているような、真希の話しをしないように無理してるみたいで、でもそれは俺のためでもあるから...母さん達のもまた、俺のせいでこうなったのかという気持ちになる。すごく胸が苦しい。
「俺が生きてるから、真希も母さん達も不幸になるのかよ!?」
母さん達には聞こえないように小さなかすれた声で叫んだ。テーブルの下で俺は痛さも感じないくらいに両手を握り締める。
ああ、本当に俺は...。
「優雅、先に食べてていいわよ」
どれくらいの間、いや数秒か、真希のことを考え込んでいただろうか。俺を現実に引き戻したのは母さんの声だった。俺はキッチンの方に適当に返事を返した。
これだけテーブルに料理が並んでいるのに、まだ母さん達は何か料理を作るつもりでいるのか...さすがに食べきれないだろ。そう思いながら、俺はスプーンを手に取ってグラタンを口に運んだ。
「あっつ...でも、うまい...」
中の具はブロッコリーと厚切りベーコン、俺の大好物だ。
今日は俺が先に食べ始めているが、真希がいなくなってから俺と母さん達の3人で食事をするのは珍しくない。それに、俺は何故か小さい頃には6人でテーブルを囲んでいたような気がしている。でも俺は、それが同時に“おかしいこと”だと知っている。だって、俺と真希の父親は、俺達が生まれる前からいないのだから。
「“俺と母さんと父さんの好物はブロッコリーとベーコンのグラタン”...って違うよな、“俺と母さんの好物はグラタン”だよな」
俺はそんなことを言った自分を笑う。
でもこの感覚はあの時の“真希がいない”事実から逃げていた頃の、その確信と妙に似ている気がする。またあの母さん達は俺に何かを隠しているのだろうか。“あんなこと”があったから、駄目だと分かっていても、俺は疑いたくなる。
「ずっと聞いてないけど、母さん達も何者なんだよってかんじだよな」
俺は独り言を呟きながらまたグラタンを食べると、まだグラタンは熱いから口の中を火傷しそうだ。
それにこの世界は、“あの日”に死んだはずの俺が生きる平行世界で、真希も“変える前の世界”で俺と同じように1人だったのかと思うと...俺達はどうしても一緒にいられないのかと思ってしまう。
「俺に真希を守れるくらい強い力があればよかっ...」
気付けば目の前には母さんとおばさんがいる。いつの間に椅子に座って夕飯を食べていたのか...まったく気付かなかった。
ヤバい、どこから俺の変な独り言を聞かれていたのか...。
「優雅君は本当に真希のことが大好きなのね」
「この執着は私に似たのかしら...」
斜め向かいの椅子に座るおばさんは相変わらず楽しそうにニコニコと笑みを浮かべている。そして、目の前にいる母さんは何やら頭を抱えているらしい。
いつからいたのかと、俺がそれを聞く前に母さん達は目の色を変えて“昔みたい”に俺をからかい始めていた。
ーーー真希がいない、俺の世界。
優雅視点の「真希のいない世界」はこれで終わりです。




