第一話 あなたのいる世界でワガママを。
ねえ、優雅。
私はあなたの笑顔を、ちゃんと守れていますか?
 ̄ ̄ ̄ーーー_____
 ̄ ̄ ̄ーーー_____
今日もまた1日が終わる。帰りのHLも部活も終わる放課後、真希とレイナは自分達の1年5組の教室にいた。教室の窓から夕日が差し込んでいる。
真希は自分の席に座ったまま、レイナはその前の自分の机に寄り掛かって話していた。
「ねぇ、真希!聞いてる?」
少し怒り気味に真希を呼ぶのはレイナだが、真希はそれに気付くのに数秒掛かっていた。ずっとずっといつも考えているのは優雅のことだ。傍にいてもいなくても、優雅が泣いていないか気になってしかたがない。
もう高校生になってメソメソ泣いているような男なんていないと思うけど、真希は優雅が泣き虫なのを昔からよく知っているし...それに、あんなに泣かせてしまったのは他の誰でもない自分だ。
そんな事を思いながら真希はレイナに答えた。
「...ごめん、ぼーっとしてた」
「最近いつもそうよね」
レイナにはいつものように心配されている。レイナだけではない。他の友達と喋っている時も、考えることはいつも優雅のことで、良くも悪くも優雅が自分の頭からはなれることはない。あなたを守ると、あなたの運命を変えると決めたその時から桜木優雅は私の世界の中心で、一番で、すべてなの。
それでも“そんなことないよ”とレイナに返す真希。心配してくれるレイナ達が悪いわけじゃない。悪いのはこんな自分なのだから。
「真希!帰るんだろ?」
レイナと“大丈夫”の言い合いをしていると、廊下から大好きな優雅の声が真希を呼んだ。いつも真希は優雅の部活が終わるのを待って一緒に帰るのだ。
今の真希にとって傍に優雅がいなくては何も始まらないし、優雅が泣いていないか確認するのが日課であり毎時間確認しなければ気が狂いそうになるくらいになってしまっている。
「彼氏のお迎えね」
からかうようにレイナは言うが、真希と優雅が“付き合っている”という事実は無い。幼馴染みで、自分が優雅を大切に思うのも、隣にいるのも、優雅のことが大好きなのも子供の頃から変わらないことで、レイナが彼氏に思う気持ちとはもしかしたら違う感情なのかもしれないと最近は思うことがある。
私が優雅に思うこの感情は、本当に“恋”や“愛”なのだろうか...。
「優雅とは本当に違うのに」
いつものように真希は違うと否定する。四六時中くっついたり一緒にいたりすることが多いため、優雅のことでレイナにからかわれるのはいつもの事だ。何度も彼氏じゃないと否定するが、レイナが聞いてくれないので内申諦めている。
「いつも否定ね」
「うるせーよ」
レイナはいつも困った顔をしながら優雅にそう言うと、優雅はいつも不機嫌になってそう返す。このやり取りもいつもの事だ。
やっぱり優雅にとって自分は幼馴染みで、恋愛対象ではないのだろう。それに“今の自分”では優雅には絶対に釣り合わないのだから...。
真希はそんな考えを表に出さないように、いつものように幼馴染みの特権だと言わんばかりに自分の机の脇に下がるスクール鞄を指差して優雅に命令する。
「私の鞄持って!」
「わかってるよ」
優雅はいつものことと言うように、嫌な顔も特にしないで真希達のところに行って鞄を持つ。
もうこの何処から突っ込んでいいのか理解不能な2人の関係に慣れつつあるこの教室は、そんな2人をスルーするというスキルを身に付けている。レイナもその内の1人で、制服のポケットの中でマナーモードで振動しているスマホを取り出しながら2人をからかうという上級スキルを発動するくらいである。
「そのタイミング、“やきもち”じゃない?」
「ちがう!!」
真っ先に否定する真希にくすりと笑いながら、レイナは受信したメールを見ている。そしてメールの内容を確認するとレイナの口元は真希をからかう先程のいたずらっぽい笑みから、とても嬉しそうな笑みへと変わったのが見えた。
「まあ、今日もこの辺にしといてあげる」
そう言うとレイナは自分の机から鞄を持ち、また明日と手を振り教室の戸の方へ歩いて行く。嬉しそうに足早に教室を出ていくレイナを見送り、真希と優雅は顔を見合わせた。
「あれはシンヤからの“お迎えメール”だな」
「たぶん...いや、絶対そう!」
優雅は先程のお返しと言うようにおそらく、自分達の友人でありレイナの彼氏であるシンヤからの“部活が終わったから部室まで迎えに来いメール”を“お迎えメール”と比喩した。
真希も優雅の言っている意味を理解してそう答えた。
学校の校門を出て帰り道。優雅は真希を行き交う車から守るように車道側にいる。優しい彼氏が彼女のスクール鞄を持てあげる、そんな2人はまるで恋人同士のように仲良く並んで歩いている。手を繋いでいないことが不自然に感じるほどだ。
昨日見たテレビや学校での出来事を話しながら歩いていたが、優雅は突然に真面目な表情をして真希に話し掛けた。
「なぁ、真希」
「なに?」
そんな優雅の表情を見て、真希は少し警戒しながらも何でもないと装いながら返事をした。
もしかしていろいろとある隠し事がバレただろうか...どれだろう。自分は優雅に対して隠し事が多々ある。優雅がその事実を忘れている記憶があるし、それが彼にとって忘れていたいことであり自分にとっても都合がいいことなので利用していることもある。
「お前...」
まだ、あなたに気付かれたくない。思い出してほしくない。私はまだ、あなたの傍にいたい。だから、お願い...何も聞きたくない。
真希は優雅の真剣な目を見ることができずに目を反らした。彼の真面目な表情を受け止めることができずに、真希はこの場から逃げることを選んだ。
「あ!見たいテレビあったの思い出した!!」
先に帰るね!と、真希は優雅に言うだけ言ってそのまま走り出した。
お願いだから、追い掛けてこないで。帰る方向が一緒だとか言って話しの続きをしようとしないで...優雅には何も思い出さずに、知らずにいてほしい。どうか、私のことをそのまま忘れて...。
「おい、ちょっと待てよ!?」
いきなり走って行ってしまった真希の突然の行動についていけなかった優雅は、真希の背中に声を掛けることしかできなかった。
真希の奴、何で俺から逃げた?見たいテレビなんてこの時間に無いだろ?それとも俺が知らないだけか...。
「何なんだよ、あいつ...」
昔から一緒にいて、お前の好みはだいたい分かってるつもりだけど...やっぱり俺の知らないこともあるのか。それとも俺が真希の機嫌損ねるようなことを何かしたのか。
優雅は自分の肩にかかる真希のスクール鞄をどうしようかと一瞬考えたが、どうせ帰るところはほとんど一緒のため後でいいかと思いながら、それに今最も重要なのは真希に嫌われていないかだ。そこを真剣に考えながら優雅は家に帰った。
家に帰り玄関のドアを勢い良く開けて靴を脱ぎ、真希は階段をかけ上がって自分の部屋に入ってドアを閉めるとその場に座り込んだ。
「ごめん、優雅...」
床についた真希の両手に、ポタポタと水滴が落ちる。真希の頬を涙が伝い落ちている。
優雅、何であんな表情するの?まさか、あの優雅にバレたなんてことないよね?だって私は、まだ...。
そこで真希は自分のちょっとした失敗に気付いた。自分のスクール鞄を優雅に持たせたままだ。でも今の状況で優雅に会って、いつも通りでいられる自信なんて無い。だから優雅が届けてくれるのを待つことにした。
こんな私が優雅にワガママを言えるのも、いつまでだろう。