第一話 お前のいない世界で思い出す現実。
忘れたままなんてムリだった。
真希はもう、いない。
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授業もHLも終わり放課後、優雅とシンヤは自分達の3組の教室を出てレイナのいる5組の教室へ向かった。廊下を歩きながら、シンヤは優雅に問う。さっきの昼休みの話しはいったいどういう意味かと...。
「行けば分かる。俺が説明しなくても真希が全部、説明してくれるから」
優雅の言葉は答えではない。“行けば分かる”と言うのは、ここでは話したくないことなのか、それとも真希の家に行かなくては説明できないことなのか...シンヤは優雅に視線を向けるが、優雅はそれ以上を語ろうとはしない。
「シンヤ!優雅」
5組の教室の前に来ればレイナが廊下で待っていたようだ。歩いてくる2人に気付いて声を掛けた。そしてレイナは嬉しそうにシンヤの隣に来て真希の家に行くのは初めてだと話している。
優雅はそんなレイナに罪悪感を感じた。真希が誰も、いつもつるんでるレイナですら家に入れなかったのは“あの秘密”を誰にも知られないため...真実から俺を遠ざけるためだ。俺が“忘れたい”と願ったから。
「レイナ、行く前に1つ確認しておきたいことがある」
優雅はレイナに言った。本当のことを知ったら今までと同じじゃいられないかもしれない、と。もしかしたら、レイナは真希のことも俺のことも許せなくなる可能性だってある。俺は憎まれたってしかたない。それにシンヤにも同じことが言えるはずだ。
「でもお前は知ってほしいんだろ?俺達に」
シンヤの言葉に優雅は複雑そうな表情を浮かべながらも頷いた。
そして、優雅達3人は学校を出て真希の家へと向かった。
いつもの大通りで、今日も信号に待たされる。優雅はここの横断歩道が嫌いだ。昔の記憶が、忘れていたい記憶のフラッシュバック、できることなら思い出したくない。
「っ、くそっ...イラつくんだよ...!」
いきなり苦しそうに顔を手でおおったかと思うと優雅は言葉を荒くする。
そんな苦しそうに顔を歪める優雅を見たシンヤとレイナは心配して“大丈夫か?”と声を掛ける。優雅は2人に大丈夫だと言うが、それでも優雅はとても辛そうだ。そして、信号が青に変わると優雅はまた歩き始める。
真希の家の前。優雅は自分の家のように玄関を開けて中に入り、シンヤとレイナを家の中へ入れよと言った。
「あら、おかえりなさい。優雅君」
お友達?と真希の母親である満姫がリビングのドアを開けて顔を出した。優雅はそうだと答えると、こいつらに真希のこと教えてやってほしいと満姫に頼んだ。
すると満姫も少しだけ複雑そうな顔をしたが、分かったわと優雅に返した。よく見れば優雅君の顔色は良くない気がする。
「おばさん、悪いけど真希の部屋行ってていいか?」
「いいわよ、私から説明するから大丈夫」
満姫は笑顔で優雅に答えれば、優雅はシンヤとレイナに視線を向けた後、階段を上がって行ってしまう。玄関に残されたシンヤは優雅の背中に視線を送り返すが優雅は振り向くことは無かった。レイナも玄関に飾られている真希と優雅の写った写真から視線を優雅に向けたが、シンヤとレイナに優雅の背中はとても寂しそうに見えた。
「どうぞ、入って。今お菓子と飲み物を用意するわ」
満姫はそう言ってシンヤとレイナをリビングへと案内する。シンヤとレイナもそれに従い、靴を脱いで家に上がってリビングに入った。
真希と優雅君のお友達なんて久しぶりだから嬉しいわと満姫はキッチンの方へ行ってお菓子と飲み物の用意をしている。
「シンヤ、おかしいわ」
「どうかしたか?」
レイナはリビングに飾られた家族写真を見て、シンヤに変だと言った。シンヤもレイナの視線の先の写真を見れば、真希とその母親、優雅と優雅によく似た女の人が4人で一緒に写っている写真がたくさんあった。
優雅と真希の父親らしき人はまったく写っていない。生まれたばかりの赤ちゃんの頃から保育園の入園式や卒園式、小学校の入学式...優雅と真希の成長の記録がおさめられている。
だが、不思議なことに最近の写真はない。高校の写真や中学校の写真も無いようだ。
「玄関にあった写真も、真希と優雅はランドセルを背負っていたわ」
「これだけ遠足とかのイベントごとに毎回写真撮ってるのに...小学校の卒業式前くらいから無いな」
「ええ、これだけ写真を撮っているのに...」
レイナはテレビの側にあった写真立てを1つ手に取って見た。その写真の季節は夏のようで白を基調として水色のリボンのついたワンピースを着て笑っている真希、その隣には真希の腕をつかんで一緒に写る優雅の姿が写っている。おそらく、ここにある写真の中で一番新しい物だろう。
「その写真はね、小学校の6年生の夏休みの時のなの」
キッチンの方からお盆にジュースとケーキを2つずつのせて出てきた満姫が言った。そのままニコニコと笑顔を浮かべ、満姫はリビングのテーブルまで来てお盆を置いた。
「さぁ、どうぞ。座って」
「真希ちゃんのお母さん、お構い無く」
レイナと顔を見合わせた後、シンヤが言った。先にシンヤがソファーに腰を下ろすと、レイナも写真をあった場所に戻してシンヤの隣に座った。
満姫は2人の前に1つずつジュースとケーキを置きながら笑った。
「子供は遠慮なんてしなくていいのよ」
それに優雅君は甘いものあんまり食べないから、最近はあまり作ってなかったの、と満姫は言った。
レイナは満姫の手作りケーキを見て美味しそうだと思った。真希のお母さまはお菓子作りが上手い人で羨ましいなんて思ってしまう。
「いただきます」
そう言ってレイナは早速フォークを持ってケーキを一口食べた。ありえないくらい美味しい。甘さは控えめでスポンジとクリームの間にフルーツがあって...普通にお店のより美味しい気がする。ケーキに夢中になり、二口目を口に運んだ。
美味しいと、幸せそうに食べるレイナを見て満姫は嬉しそうに笑う。
「レイナ」
そんなレイナにシンヤは視線を向けた後、ここに来た目的があるだろと目で語るとシンヤは真面目な顔をして満姫に声を掛ける。
レイナもまだケーキを食べていたかったがフォークを置いた。
「すみません、俺達は...」
シンヤの視線から真希のことを聞きたいのだと悟り、一瞬だけ笑顔だった満姫からそれが消えた。
ああ、真実を告げなくてはならない。何も知らないこの子達に、残酷な現実を...この子達は、真希のことも優雅君のことも嫌いになってしまわないだろうか母親として心配だ。
「そうね、そうよね...優雅くんが、あなた達に話してって言ったんだものね」
そう言いながら、テーブルに手をついて立ち上がる満姫。どうやら移動するらしい。
満姫は先ほどの廊下を挟んだ部屋へと視線を向けて案内する。
「ごめんなさい。座ってもらったのに...こっちよ。真希がいるわ」
案内するのは2階の、優雅が真希の部屋に行くと言って行った“真希の部屋”ではない。満姫を先頭に移動してついた部屋は先ほどのリビングとは違い引き戸で和室のようだった。
シンヤとレイナは顔を見合わせる。いったい、何があるというのか...この部屋に真希が本当にいるのか気になりながらその部屋に足を踏み入れた。
2階の真希の部屋。ドアを開けて入ってすぐにスクール鞄を床に投げるように置いて真希のベッドにうつ伏せに寝たのは優雅だ。
今までしていたはずだった、真希の匂いはしない。するのは洗剤や柔軟剤の香りだけだ。
「くそっ、真希...」
真希の枕に顔を埋めて寂しそうに、すがるように真希の名前を何度も呼ぶ優雅だが、その声に答える者はどこにもいない。
「...ごめん、真希ッ...ごめ、ん...」
真希のベッドにうつ伏せたまま、真希の布団を握り締めて、優雅は声を圧し殺して...それでも我慢しきれずに子供みたいに泣きじゃくる。
何度呼んでも、呼ばれた真希は俺の傍には来ない。来れるわけがないんだ。俺が...そうしてしまった、そうさせてしまった。
「...ま、き...」
優雅が握る布団もシーツも両手に力が入っていくせいでシワが増え、深くなる。真希の匂いは、どんな匂いだった?大好きな真希の匂いがしない。憶えていたはずなのに、とっくに俺は忘れてしまっている。
“いつから”か、なんて考える必要もない。俺はその記憶を忘れたフリをしていただけだ。目を反らしただけなんだ。逃げ出したかったんだ、その現実から。
「...っ、ぅく...真希ッ...!」
真希のことを想い、また自分のしたことを悔やむ優雅の声は、声を押し殺して泣く優雅の想いは、自分だけしかいない真希の部屋にこだまする。
この想いはもう、真希にはきこえない。届かない。
第三章ですが、ヒロインが不在です。




