#A6 もっと強く
魔王城の中庭で、私はエレヌスの作った私自身の分身体と戦っている。
人数も三人から五人に増やしてもらったが、それでも掠り傷一つ付かずに勝つ事が出来るようになった。
これも、魔王様の助言のおかげだ。
お兄様の技には、非の打ち所が無い。
今までは、それを超える事ばかり考えていたが、その必要など無かったのだ。
元々強い技なのだから、それを自分の武器に合わせれば良いだけ。
そんな簡単な事に気付けなかったのは、私自身焦っていたからなのかもしれない。
それだけではない。
私は弱い。
心が弱い。
私はずっと、誰かに頼りたかった。
お兄様に頼りたかった。
不安で不安で仕方がなかった私は、幾度となくお兄様を想い、心の中でお兄様に助けを求めていた。
そのお兄様が、敵となるかもしれない。
その事を考えただけで、私の胸は張り裂けてしまいそうだった。
誰にも相談出来ない孤独感は、辛く苦しいものでしかなかった。
そんな孤独感を紛らわせる為、私は城内の様子を見て回る事にした。
これも、側近としての仕事だ。
仕事に打ち込めば、こんな事を考えずに済むだろう。
特に問題など無く、いつも通りだった。
エレヌスの話では、初代魔王セラメリアが復活すると言う。
魔王様も、その事を危惧していらっしゃるようだ。
そしてセラメリア復活に、お兄様が関与している可能性が……。
いけないいけない。
考えないようにと仕事に打ち込んでいるのに、気が付けばお兄様の事を考えてしまっている。
この際、何か気分転換になるような出来事でも起これば良いのだが。
城門付近まで来た私は、誰かが言い争っている声を聞きつける。
声の主はカグラか。
どうやら戻ってきたらしいが、カグラが言い争いをしている相手に驚いた。
その相手は、騎士団長ベルンハルトだった。
普段は寡黙で、何事にも動じないあのベルンハルトが、カグラに詰め寄られ、たじろいでしまっている。
そんな珍しい光景を遠目で眺めていると、カグラはどこかへ走り出してしまった。
戻ったのだから色々と報告をしてほしかったのだが、何かあったのだろうか?
私は立ち尽くすベルンハルトに、背後からこっそり近付いた。
どうも私は、何かとベルンハルトにからかわれてしまう。
舐められているのか、幼なじみのよしみだとでも思っているのだろうか。
とにかく、私は日常的にからかわれている。
日頃の恨みを晴らす、良いチャンスだ。
「あらあら。年頃の娘を怒らせるなんて、騎士団長様は女心が分かっていませんね」
「……お前は何を勘違いしている?」
「さあ? 少なくとも、私の見た通りだと解釈していますよ。年頃の娘に詰め寄られ、たじろいでしまう騎士団長様の何と可愛らしい事か」
精一杯の仕返しに、ベルンハルトは微動だにしなかった。
「やれやれ、性懲りもなく覗きか。やはり、良い趣味とは言えんな。それから、その気持ち悪い喋り方は何とかならんのか?」
「覗きなんてしていませんし、これは騎士団長様への精一杯の仕返しですわ。女心を分からない、堅物騎士団長様」
「チッ……勝手に言ってろ」
ベルンハルトは捨て台詞を吐き、その場から立ち去った。
勝った。
何と清々しいことか。
さて、カグラの後を追おう。
カグラが向かった方向には、騎士団の寄宿舎しかない。
誰のもとへ向かったのか、容易に想像出来る。
まったく、帰って早々レイロフのもとに行くとは。
だから、二人は恋仲だと噂が立ってしまう。
カグラにはもう少し、節度を守って行動してほしいものだ。
レイロフもレイロフだ。
あれだけ人族嫌いをアピールしておきながら、カグラと一緒に居る時はあんなに楽しそうに振る舞って。
確かにカグラは美人だ。
対するレイロフは堅物で、今までまともに、女性と話した事すら無いんじゃないか?
レイロフも、所詮は男だと言う事か。
しかし、私だってカグラには無い魅力があると自負しているし、ルックスだって悪くはないはずだ。
それなのにレイロフは、私に対しては他人行儀だ。
上司と部下と言う間柄だからか?
それとも、レイロフは本当に?
……何だ、この感情は?
私は……妬いてるのか?
お兄様一筋だった筈なのに、私はレイロフに?
……何を考えているのだ私は。
頭を振って雑念を振り払う。
私は一体、どうしたというのか。
まさかレイロフに、孤独感の埋め合わせをさせようとでも考えているのか?
馬鹿な事を考えるな、しっかりしろ私。
しばらく寄宿舎を歩いていると、訓練室から話し声が聞こえてきた。
カグラと……レイロフか?
レイロフの声は、酷く弱々しい。
私は訓練室の扉を少しだけ開けて、中の様子をうかがった。
そこでは、傷付け倒れ伏すレイロフを、カグラが介抱していた。
間違いない、ベルンハルトの仕業だ。
まったく、部下を大事に扱ってもらわないと困るというのに。
私がこっそり覗いていると、レイロフはカグラに向かって拳を突き出した。
懐かしい。 あれは騎士団に古くから伝わる、誓いの儀式だ。
そう言えば昔、ベルンハルトが私に、この儀式をやってくれた事を思い出す。
あの時、ベルンハルトは何を誓っていただろうか?
流石に子供の頃の話だ、覚えてなど。
「我が剣に、我が盾に、そして我らが戦の女神に、俺は宮廷術士カグラ・ミヅチを信用すると、ここに誓う」
レイロフの誓い、それを聞いた瞬間、遠い昔の記憶が鮮明に蘇った。
「我が剣に、我が盾に、そして我らが戦の女神に、俺はアナスタシア・レイクロフトを信じると、ここに誓う」
それは幼き日に、幼きベルンハルトが、幼き私に誓った言葉。
幼い子供が大人達の姿を見て、見様見真似で行った戯れ。
しかし、それが単なる戯れだとしても、私はその事が嬉しかった。
あの時の事を、ベルンハルトは覚えているだろうか?
今でも私の事を、信じているのだろうか?
私は訓練室の扉をそっと閉じ、その場をあとにした。
その後、寄宿舎から立ち去ろうとした時、魔王様の「リア充爆発しろ」との声が遠くから聞こえたが、それは聞かなかった事にしておこう。