#5 強くなれ
俺は今、ベルンハルト騎士団長に修行をつけてもらっている。
俺はこれまで、魔王様に守られてばかりだった。
それどころか、先日サーペントが襲撃した際は、俺は修行中であり魔王様を守る事すら出来なかった。
本当に悔しい思いをしている。
だから俺は、どこまでも強くなりたい。
言っては失礼だが、魔王様は化け物じみた強さを持っている。
騎士が守る必要すら無い程だ。
だが、それでは騎士の名折れだ。
俺は、魔王様をお守りするために騎士になったのだ。
だから俺は、強くなりたい。
「お前の気持ちは良く分かる。ではまず、以前教えた事が出来ているか、復習から始めよう」
訓練室で騎士団長は模擬刀を取り、俺に向かって斬りかかってきた。
その攻撃に対して、俺は攻撃を当てて相殺した。
騎士団長はニヤリと笑うと、騎士団長の必殺技である十連撃を繰り出してきた。
突然の事に焦ったが、俺はどうにか、その全てを相殺した。
「……宜しい」
騎士団長は剣を納めた。
「騎士団長、質問があります」
「なんだ?」
「この、相手の攻撃を相殺する方法ですが、相手の攻撃力が自分よりも高かった場合、どの様に防げば良いのでしょうか?」
それは、修行中にふと思った事だ。
確かに、攻撃力が拮抗しているのなら、相手の攻撃を相殺出来る。
しかし、相手の方が上回っていた場合、攻撃を相殺する事は出来なくなってしまう。
魔王様が手も足も出ないような相手ならば尚更だ。
「確かに、相手の攻撃力が高ければ相殺は出来ない。ならば、どうすれば良いのか。それは簡単な話だ」
騎士団長は模擬刀ではなく、魔光のパラッシュを装備した。
騎士団長の攻撃力が跳ね上がる。
「強くなれ」
騎士団長が俺に斬りかかる。
魔光のパラッシュを装備した騎士団長の攻撃力は、俺の攻撃力の数倍だ。
相殺する事など出来ない。
何とか攻撃を避けるも、騎士団長は二撃、三撃と攻撃を繰り出してくる。
それらを辛うじて避けるも、避ける事に精一杯で反撃する事が出来ない。
強くなれ、その意図とはいったい?
俺は、訓練室の床に倒れ伏している。
火照った体に、床の冷たさが心地良い。
全身、傷と打撲だらけで、もう動く事すら敵わない。
騎士団長の全力、まさかこれほどとは思わなかった。
手も足も出ないとは、まさにこの事か。
「強くなれ、か……その通りかもな」
結局はステータスを、そしてLVを上げなければ意味がない。
強くなるとは、そう言う事だ。
ステータスを上げるには修行をすれば良い。
しかしLVを上げるには、敵を倒さなければならない。
騎士団にはモンスター討伐の依頼も回ってきているはずだし、カグラもまだ戻っていない。
これを機に、騎士団の仕事を片付けるのもありか。
傷口に、何か冷たいものを当てられる感触に目を覚ます。
どうやら、いつの間にか眠っていたようだ。
……誰かが、俺の事を介抱している?
ゆっくりと目を開けると、そこに居たのはカグラだった。
カグラが、俺を介抱しているのか?
しかしカグラは、サクラノ王国に帰っているはず。
これは……夢か?
「レイロフ様、気が付きましたか?」
夢ではないようだ。
カグラは俺の事を、心配そうに見つめていた。
俺は体を起こそうとしたが、全身が筋肉痛のように痛む。
「無理をしないでください。先ほどまでレイロフ様は、瀕死の重傷だったのですから」
瀕死か。
騎士団長は加減を知らないから当然だろう。
それよりも、どうしてカグラがここに?
修行は終わったのだろうか?
「私は今日、魔王城に戻りました。そこへベルンハルト騎士団長が、レイロフ様の様子を見てやれと仰られて」
「……そうか」
カグラは、俺の体を丹念に拭いている。
回復魔法をかけてくれたのか、傷は塞がっているようだ。
俺の体についた、血や埃を拭っているのだろう。
余計な事をしやがってとは思うも、今だけはカグラに身を委ねる事にした。
「レイロフ様、ひとつ伺っても宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「レイロフ様は未だ、人族を信用出来ませんか?」
カグラの問いに、俺は答えなかった。
答えられなかった、と言った方が正しいだろう。
今まで信用してこなかった者に対し、どう接すれば良いのか分からないと言うのが正直なところだ。
だから俺は、カグラに対して、どう接すれば良いのか分かっていない。
「レイロフ様、私はレイロフ様を信用しています。だからレイロフ様は、私を信用してください。人や魔と考えず、私と言う一個人を信用してください」
カグラの表情は暗かった。
カグラを信用か……。
俺は、初めてサーペントと退治した時の事を思い出した。
カグラが居なければ、あの戦いを乗り切る事は出来なかっただろう。
そして俺は、カグラが回復や補助の魔法をかけてくれたから、安心して戦う事が出来た。
俺はカグラを、信用していたのか。
俺は、俯くカグラの目の前に、握り拳を突き出した。
これは騎士団に古くから伝わる、誓い儀式だ。
「我が剣に、我が盾に、そして我らが戦の女神に、俺は宮廷術士カグラ・ミヅチを信用すると、ここに誓う」
人族の全てを信用した訳ではないが、俺としては大きな一歩だ。
そして言い終わった俺の意識は、眠りの底へと沈んでいった。
肩の荷が下りた気分だ。
親父も人族を認めた時は、こんな気分だったのだろうか?
薄れゆく意識の中、遠くから魔王様の声で「リア充爆発しろ」と聞こえたが、それはきっと気のせいだろう。