62 苦行の末
私は修行中のアナスタシアを呼び寄せた。
アナスタシアは不機嫌そうだが、これからもっと不機嫌になるだろうから、覚悟してよ?
「魔王様、まだこんなに仕事が残っているではありませんか。まさか、私に手伝えと仰るのですか?」
「そうじゃないよ。アナスタシアの修行状況はどうなのかと思ってね」
「それだけの為にお呼びになられたのでしたら、私は修行に戻らせていただきます」
「そんな機嫌悪そうな態度、魔王に見せるものではないよ? アナスタシアを呼んだ理由は、ちゃんとあるんだから」
私は、穴だらけで不備だらけの書類を、アナスタシアに手渡した。
それを読んだアナスタシアの表情が、さらに不機嫌になっていく。
「一応、全ての書類に目を通したんだ。そうしたら、不備だらけの書類が半数を占めていたんだけど……これはどういうことかな? こんな書類にサインなんかできないよ?」
「……分かりました。私の方からキツく言っておきます。衛兵」
玉座の間に衛兵数名が入ってきた。
アナスタシアは不備のある書類を衛兵に持たせ、それぞれの組織に送り返すよう伝えた。
テキパキとした動きで、数分後には書類の半数を玉座の間から運び出した。
運び出すよう指示していたアナスタシアの表情は終始、不機嫌そのものだった。
そりゃあ不機嫌にもなるよね。
「他にご用は?」
「笑顔を作りなさいよ」
「魔王様がキチンと仕事をなさってくださるのでしたら、私も笑顔になるでしょうね」
「まあ、考えておくよ」
アナスタシアは大きな溜め息をつくと、軽く一礼して玉座の間から出て行った。
よし、これで半分だ。
次は、モンスターの被害状況と討伐報告。
討伐隊からの報告しかないってことは、ギルドや有志の方の討伐は報告書として上がらないのか。
だったら好都合。
討伐隊がモンスターを討伐する前に、ギルドの依頼をこなしてしまえば良い。
そうすれば、討伐隊からの書類は来なくなる。
ヒキニート化への道が見えてきたね。
残りの書類は……国の予算についてか。
これは無駄遣いしてるかどうかの確認で良いでしょ。
……よし、仕事終わり。
あれだけあったから数日かかることも覚悟してたけど、何とかなって良かったよ。
あとは、私のもとに仕事が来ないよう、裏で色々と動けば良いだけのこと。
それが完了すれば、私はヒキニートに戻れるのだ!
たまたまこの世界に転生し、たまたま魔王になってしまい、たまたま初代魔王セラメリア復活騒動に巻き込まれているだけで、私はヒキニートに変わりはない。
仕事なんてしたくない。
部屋でダラダラと過ごしたい。
楽して生活したい。
そう願うのが、ヒトのサガなのだ。
そのためならば、多少の労力は厭わんのだよ。
まず、全員の修行が終わるまでは行動は控えておこう。
私が問題を起こせば、アナスタシアの修行に支障がでる。
カグラを呼ぶこともできないし、レイロフ君もおまけで付いてくるから尚更呼べない。
修行完了までの暇な時間は、ユキメをもふもふしながら潰せるからそこは問題はない。
何はともあれシャドウサーヴァントだ。
今は、これの完成に全力を尽くさなければ。
シャドウサーヴァントを完成させなければ、何もできないからね。
「失礼します。魔王様、お呼びでしょうか?」
「やあアナスタシア、さっきは悪かったね。たった今仕事が終わったから、片付けてくれないかな?」
「分かりました。不備のあった書類は、後日改めて送るそうですよ」
しまった、そのことをすっかり忘れていた。
ああ、でも、内容を見た限りでは、それほど大変そうでもなかった。
魔具や薬草類の使用許可とか、そんな書類ばかりだった。
そこら辺は適当に目を通しておけば良いし、書類が到着次第サインしてしまおう。
何にしても疲れた……。
私はヒキニートだ。
引きこもることは好きでも、閉じこめられるのは嫌いなのだよ。
「でしたら、仕事をため込むようなマネは控えてください」
「だが断る!」
笑顔を向ける私に、アナスタシアは今日一番の溜め息をついた。
でもさ、私の企みが成功すれば、アナスタシアも多少は楽ができるのだよ?
魔王が仕事をせずとも国は回るようになるのだ。
そんな素晴らしいことはないと思うよ?
「何を訳の分からない事を……。セラメリアやサーペントといった脅威が迫っている事をお忘れですか?」
「忘れてない。でも、下手に不安を募るのも得策ではないでしょ。私達は水面下で、密かに、誰にも悟られることなく、物事を進めていけば良いんだよ。それが国の、そして国民の平和と安寧を守るための手段だと、私は考えているのだよ」
アナスタシアは少し考えてから、深々と頭を下げた。
「そこまで国の事をお考えだったとは。側近としてそれを見抜けず、申し訳ありません」
この国の住人はアレだ、他人を疑うことをしなさすぎる。
これも平和ボケの結果か……。
これじゃあ、セラメリアが復活した時に混乱は避けられない。
そのためにも、今代の魔王は偉大だと国中に擦り込まないといけないね。
……やることが増えてしまったではないか。
しかし当面は、シャドウサーヴァントの完成を最優先事項として行動しよう。
それから、爵位持ちの貴族共も手懐けておかないといけないか。
特にアルベルト。
あいつは色んな意味で危険だ。
あいつが魔王城に来られないよう、裏工作もしないといけない。
……惰眠を貪れる日は、まだ先なのか。