49 魔王の逃亡
目を覚ますと、そこはキルナス迷宮だった。
強制的にダンジョン送り。 それがまさか、こんな形で役に立つとはね。
しかし、私のダメージは深刻だ。
最後に蹴り飛ばされた際、内臓にまでダメージがあったようだ。
もう動けないけど、この迷宮内なら死んでも復活できる。
私は仰向けになり、迷宮の天井を眺めた。
迷宮内のモンスターに殺されるのが先か、内臓のダメージにより死ぬのが先か。
この際どうでも良かった。
それよりも今は、サーペントの正体が分かってしまった事の方が重大だ。
まさかあのクソガキが、サーペントだったとはね。
世の中、何が起こるか分からないものだ。
私をあれだけ痛めつけたのも納得がいく。
あいつは、私に恨みがあるわけじゃない。
私のことが許せないだけ。
あいつの気持ちが分からないわけではないが、このままやられているつもりもない。
……ならば尚更だ。
私は、あいつより強くならなければならない。
強くなって、あいつに証明しなければならない。
……意識が薄れてきた。
この迷宮で死ぬのは、これで何度目だろう?
復活したら、この迷宮もさっさとクリアしないと。
あの魔法も、そろそろ習得しておかないといけないか。
アナスタシアには、私が襲撃されたことは伝わってるかな?
だったらまずは、アナスタシアに無事だと伝えないと。
あいつのせいで、やるべき事が増えてしまった。
でも、まずは復活だ。
私は眠るように目を閉じて、意識を手放した。
一方、魔王に逃げられたサーペントは、麻痺毒で倒れ伏している騎士団にとどめを刺していた。
まるで、八つ当たりでもするかのように。
全員の息の根を止めたところで、サーペントは冷静さを取り戻した。
「寧ろ殺さなくて良かったぜ。あの貴族野郎からは、もっと金を巻き上げなきゃならねえからな。それに……」
サーペントは魔王城の方角を見て、不適な笑みを浮かべた。
「また、あいつをいたぶれるんだ。その時まで待っても遅くはないな」
サーペントは犬笛を吹き、ジュエルウルフを呼び寄せた。
そしてジュエルウルフの背中に乗り、自分の根城へと戻っていった。
セラメリア王国、魔王城。
アナスタシアは、夜が明けても戻らない魔王を心配し、サクラノ王国へ騎士団を派遣した。
しばらくしてアナスタシアの元に、騎士団からの伝令が駆けつけた。
「アナスタシア様、ご報告します。魔王様を乗せた馬車は、何者かの襲撃にあった模様です。護衛の騎士団は全滅。魔王様の姿もありません」
その報告を聞いたアナスタシアは、危うく気を失うところだった。
しかし何とか持ちこたえ、騎士団に周辺の捜索をさせるよう伝令に伝えた。
「まさか、お兄様の仕業?」
最悪の展開が脳裏を過ぎる。
自分が先に帰らなければと、アナスタシアは深く後悔していた。
しかし、いつまでも後悔していられない。
アナスタシアはカグラとレイロフ、そしてユキメを呼び寄せ、現状の説明をすることにした。
襲撃から三時間。
ロムルス国、アナスタシオスの屋敷にサーペントは呼ばれていた。
アナスタシオスの表情は酷く不機嫌そうだが、サーペントからすれば知ったことではない。
それよりも、仕事の話以外で呼び出すなと伝えたはずなのに、それを破ったアナスタシオスに対して、サーペントは腹を立てていた。
「おい、貴族さんよ。仕事の話以外では会わねえって約束だろ?約束は守れよな」
「それはこちらの台詞だ。私は、魔王を殺すなと伝えた筈だぞ」
「逃げられはしたが、殺しちゃいねえよ」
アナスタシオスは溜め息をついた。
「どちらにせよ、先に約束を破ったのはお前だ。今まではお前を自由にしていたが、これからは私の指示に従ってもらう」
「金は出すんだろうな?」
アナスタシオスは大量の金貨が入った大袋を、雑にテーブルの上に置いた。
それはしばらく遊んで暮らせるだけの金額だった。
「これを前金として払う。全てが終わったら、この倍の額を払おう。ただし勝手な行動をとったら、お前を牢屋にぶち込んでやる」
サーペントはやれやれと首を振ると、アナスタシオスの条件に承諾した。