洞窟探索 初めてのバトル編
どうしてこんなことに。
数分前の自分を殴ってやりたい。
そう思うほど、今の私は危機的状況に陥っている。
目の前に佇むそれは、一言で言えば狼だ。
しかし、その体躯は見上げるほど大きく、爪はまるで刀のように鋭利だ。
巨大な顎は、岩だろうが鉄だろうが、難なく噛み砕いてしまうのだろう。
鋭い眼光は、闇の中にいる私を確実にロックしている。
どこへ隠れようとも、確実に私を見つけ出すのだろう。
詰んだ。 終わったわ。
短い人生だったな。
戦う? 無理無理。
だって、逃げ出そうとしても体が動かないんだから。
〔魔王スキル所持者と戦闘した場合、相手は逃走する事が出来ません。同時に、魔王スキル所持者も戦闘から逃走する事が出来ません〕
ふざけんなー!
魔王からは逃げられないってのは良くあるけど!
魔王には威厳があるから、魔王が逃げられないってのも分かるけど!
ふざけんなー!
〔魔王のブーツの効果により、相手より先に行動出来ます〕
ん?
それって。
視線を戻すと、狼は今にも飛びかかって来そうだが、それをせずにじっと待っている。
これが、魔王のブーツの効果なのか。
分かったよ。
ああ分かったよ、やってやるよ。
無抵抗にやられるくらいなら、戦って華々しく散ってやろうじゃないか。
まずは間合いを詰めるため、全速力で狼に近付く。
「うぇっ!?」
走り出した瞬間、あまりの速度に変な声が出てしまった。
素早さ2000って、こんなに速く動けるのか?
そのお陰で、狼の腹下に一瞬で潜り込めてしまった。
驚く私と同様、狼も私の速度に驚いている様子だ。
これ、もしかしたら勝てるんじゃね?
腹下へ潜り込んだ私は、そのまま狼目掛けてアッパーをかましてみる。
狼が苦痛の叫びを上げる。
攻撃力2000、やっぱり強いんじゃないか。
狼はその場から飛び退き、私と距離を離す。
私の不可解な動きに、様子を見ている状態だ。
私だって、こんなに強くなってるとは思わなかったからな。 まだ内心驚いているよ。
狼は攻撃してこないし、今のうちに狼を鑑定してみよう。
〔戦闘中、相手の強さを鑑定するには、SPを10消費します〕
ああ、そう言う仕様か。
でも、たった10なら消費しても痛くない。
目の前の狼を鑑定する。
〔LV:89〕
〔名前:カーク〕
〔種族:魔狼〕
〔カークは鑑定に対して抵抗しました〕
ぶっ!?
LV89ってなんだよ!
しかもこいつ、鑑定をレジストしやがったし。
これ、やっぱり無理だって。
神様ひどい! 転生したばっかりのか弱い美少女に、こんな化け物と戦わせるなんて!
そんな事を思っていたら、狼に動きがあった。
頭を上げて大きく吠えると、私の方へ真っ直ぐ突っ込んできた。
「うわっ!」
私は思わず目を瞑り、咄嗟に腕を突き出していた。
腕に、何かがぶつかったような衝撃が走るが、痛みは全く無かった。
痛みも感じずにあの世行きか? そう思って、ゆっくりと目を開く。
狼の顔が間近にある。
その表情は、どこか焦りの色が伺える。
何がどうなっているのか、私がその状況を理解するのに、数秒掛かってしまった。
どうやら、私の突き出した腕が、狼の突進を止めてしまったようだ。
これはもしかして、俺TUEEEE状態なのでは?
試しに、両腕に力を入れて狼を押し返してみる。
すると、狼の体が少しだけ後退した。 狼はそのたくましい脚で、地面を力強く踏み締めているにも関わらずだ。
これは、もしかしたら本当に勝てるかもしれない。
私は思いっきり、狼を突き飛ばした。
すると、狼の体は大きく仰け反った。
その隙に腹下へ潜り込み、もう一度アッパーをかましてやる。
すると、狼は悲痛な雄叫びを上げると、その場に倒れ、動かなくなってしまった。
勝ったのか?
狼の近くに行ってみるが、動く様子はない。
鼻先を指でつついてみるも、やはり動く様子はない。
私は安堵の溜め息をつくと、その場に座り込んだ。
それと同時に、疲労感が一気に押し寄せてくる。
出会った瞬間は死ぬかと思ったが、案外何とかなってしまった。
何とかなってしまったが、もう戦いはごめんだ。
そうは思いつつ、心のどこかでは、戦いも悪くないと思っている自分がいて、少しだけ複雑な気分になる。
でも、それはそれだ。
勝ったと言う事実は変わらない。
私はしばらくの間、人生初の勝利を、その場で噛みしめていた。