42 ユキメとマオ
ゼミラニスの屋敷。
その一室で、ライオスが落ち着き無くうろついている。
ゼミラニスは待てば良いと言っていたが、ライオスはサキの事が心配なのだ。
何故ならエルステルン山脈には、鎧牛と言う試練の魔物に匹敵する強さを持った、化け物が生息しているからだ。
「ライオス卿よ、少しは落ち着いたらどうだ?」
「そうは言われてもだな。エルステルン山脈には鎧牛が生息している。魔王様の強さは認めているが、それでも鎧牛は危険な存在だ。もし鉢合わせてしまったら」
「そうならないように、私の影をつけたのだ。我々は、影からの報告を待てば良い」
するとそこへ、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します、ゼミラニス様」
現れたのは、白い装束に身を包んだ男。
ゼミラニスの配下だ。
「報告せよ」
「はっ。魔王様は現在、エルステルン山脈の中腹を進んでおります。そこでユキツネと遭遇。ユキツネの幻惑に包まれてしまい、魔王様を見失ってしまいました」
それは、ライオス卿にとっては最悪の報せと言える。
ユキツネと言えば、エルステルン山脈で鎧牛に次いで危険なモンスターだからだ。
「ライオス卿よ、聞いての通りだ」
「ゼミラニス卿よ、どうされるおつもりか!」
「どうするもなにも、我々が助けに行けば良い。その為に待ったのだからな」
ライオスは今すぐにでもゼミラニスを殴ってやりたかったが、今はサキを救うことが先決だ。
ゼミラニスとライオスは、サキの居るエルステルン山脈へと向かった。
一方のサキはと言うと、ユキメと共に優雅にお茶を嗜んでいた。
今のところ、ユキメに不穏な動きも見られないからだ。
「そう言えば、マオさんはどうしてエルステルン山脈に?」
「ちょっと野暮用でね。ユキメこそ、どうしてここに?」
「……私も野暮用です」
「そっか」
お茶を飲み終えた私は大きく伸びをして、暖炉近くのソファに腰をかけた。
風が窓を叩いている。
いつの間にか、外は吹雪になっていたようだ。
こんな状態で外に出るのは自殺行為だし、吹雪が止むまで小屋にいるしかないね。
……この吹雪はユキメが起こしたものだろうけど、何が起こるか分からないからね。
キツネに化かされる。
昔話では良くあることだ。
それを実際に体験することになるとは、思っていなかった。
だから、これからどんなことをされるのか、少しだけワクワクしてたりする。
私のことを殺そうとしなければ、何だって良いさ。
……あと、エロいことでなければ。
しばらく様子を見てるけど、ユキメに目立った動きは見られない。
それどころか、うつらうつらとうたた寝を始めてしまった。
こんな仕草とか、本当は人間なんじゃないかと思えてくる。
……前言撤回。
この子はやっぱりキツネだわ。
うたた寝を始めて気が緩んだのか、ユキメからキツネの耳と尻尾が生えてきた。
それなのに吹雪は止んでいないと言うことは、この吹雪は本物か?
うたた寝から、本格的に眠りに入ってしまったユキメ。
そんなユキメを見ていると、何だかもやもやした感情が沸いてくる。
耳や尻尾をもふもふしたい。
そんな感情が。
……やめよう。
これで変な誤解をされても困るからね。
それにしても見事な障り心地……じゃなくて、見事なまでに寝ているね。
起こした方が良いかな?
「ん……あ、あれ? 寝ちゃってた?」
起きたみたいだ。
「おはよう、ユキメ」
「あ、マオさん。おはようございま……あ、あれれ?」
どうやら、耳や尻尾が出ていることに気づいたようだ。
すぐに消したけど、もう手遅れだよ?
「い、今、何か見ましたか?」
「バッチリと」
「あ、あう……」
顔を真っ赤にして、今にも泣き出してしまいそうだ。
かわいい。
「大丈夫。ユキメがキツネだってことは、最初から気づいてたから」
「うう……」
「で? こんな手の込んだことをして、私に何をしようとしたの?」
「手の込んだことって?」
ユキメはキョトンとしてる。
しらを切ってる……ってわけでもなさそう?
「吹雪はともかく、この山小屋とか、ユキメが作り出した幻惑じゃないの?」
「ち、違います! マオさんをからかおうとしたのは別の子で、私は本当に道に迷ったんです!」
「じゃあ、どこに行こうとしてたのか教えてよ」
「そ、それは……」
訳ありか。
何だか、厄介事に巻き込まれそうな予感がする。
「セラメリア王国に行こうと」
「どうして?」
「……冒険者ギルドへ行って、冒険者の方に依頼を」
「何の依頼?」
「うう……」
尋問のような感じになってきたけど気にしたらだめ。
「それは……」
ユキメが何かを言おうとした時、突如外から耳をつんざくような雄叫びが聞こえてきた。
私は窓から、雄叫びの正体を確認した。
「あ、あれの討伐依頼です」
そこには、全身に雪の装甲を纏った、巨大な牛が鼻を鳴らしていた。
ユキメの声も震えている。
「鎧牛です……」
ああ。 あれが、私が狩らなきゃならないモンスターなのね。
あとでコルタを殴ってやらなきゃ。
だって、こんなに大きくて凶暴そうだなんて聞いてないからね。