洞窟探索 中編
ふふふ、満足満足。
恐らく、1時間近くは姿見の前でポーズを決めていたと思う。
何はともあれ、自分が美人だという現実も受け入れられたし、魔王装備なんてチート級なものも手に入ったし、この洞窟からの脱出を目指そう。
まずは、魔王装備の入っていた宝箱を、もう一度詳しく調べてみる。
これはあまり無いパターンだが、宝箱の隅に隠しアイテムが有ったり、仕掛けスイッチが有ったりするからね。
おお、やっぱり有ったよアイテム。
でも、これは何だろう?
片手で持てるくらいの大きさの、白い紙に包まれた何か。
包装されているのか?
紙をはがすと、現れたのは茶色の塊。
ふと、脳裏をよぎった悪い考えを払拭する。
しかしこれ、とても食欲をそそられる匂いがするが?
こんな時こそ鑑定だ。
茶色の塊に鑑定と念じる。
〔燻製肉:エルステルン山脈に生息する、豚型モンスターの肉を燻製にしたもの。保存可能期間も長い為、冒険者の必需品となっている。また美味であるため、一般家庭にも出回っている〕
燻製肉か、初めて見た。
そんな良いもの、前世では食べたこと無かったからね。
では、人生初の食べ物、いっただっきま〜す。
とても……とても美味でございました。
こんなに美味しいものが、一般家庭にも出回っているのか。
この世界すごいな。
燻製肉は半分だけ食べて、残りは持ち歩くことにした。
空腹が満たされたわけではない。
しかし、この洞窟の広さが詳しく分からない以上、最短ルートで脱出できる可能性は、極めて低いと言えるだろう。
もしかしたら、最短ルートでも数日掛かってしまうかもしれない。
先の見えない状況で、食糧が無くなってしまうのは非常にまずい。
ならば、今は満たされなくても、食糧を持ち歩いた方が安心安全と言うわけだ。
そんなこんなで、最初の分岐点まで戻ってきた。
後ろは魔王装備、右は地底湖だから、次は左だ。
こちらは、緩やかな登り坂になっている。
行きたくないが、生きるためには、この洞窟から脱出しなければ。
幸い、こちらは長い一本道になっている。
動物やモンスターが、不意に現れることも無いだろう。
ただ歩いていくのも退屈でつまらないし、歩きながら、自分のステータスでも確認しておこう。
魔王装備に、プラス補正の掛かるものが有ったことだし、もしかしたら、ステータスが変動しているかもしれない。
では、自分に向けて鑑定。
〔LV:1〕
〔名前:無し〕
〔種族:魔王〕
〔装備:魔王の装束、魔王のマント、魔王のブーツ〕
〔HP:2000〕
〔MP:2000〕
〔SP:2000〕
〔攻撃力:2000〕
〔守備力:2000〕
〔魔力:2000〕
〔魔法耐性:2000〕
〔素早さ:2000〕
はい?
いやいや、おかしいおかしい。
魔王の装束を装備しただけで、全ステータスが1000もプラスされてる。
確かにチートっぽいとは思ったけど、ここまで上昇するか?
これで、物理耐性と属性耐性も25%上昇してるとなると、防御面はかなり堅いってことになる。
ここまでステータスが上昇すると、色々と試したくなってしまう。
さすがに、少し冷静になろう。
ステータスの鑑定結果に、気になる項目がある。
初めてステータスを鑑定した時から、この項目だけは疑問に思っていた。
〔名前:無し〕
ここだ。
私には、前世の名前があったはず。
それが、名前無しとなっている。
前世の名前は、名乗ってはいけないのだろうか?
〔この世界において名前とは、親族から名付けられて初めて名乗る事を許されます。あなたは……により、その肉体を構築された為、この世界における名前は存在しません〕
なるほど、だから名前無しなのか。
だとしたら、私は何と名乗れば良いの?
〔種族魔王のみ、魔族の司祭から、魔王の名を授かる儀式が存在します。その儀式を執り行う事で、魔王としての名前を名乗る事が出来るようになります〕
厳粛そうな儀式だ、魔王も大変だな。
でも、さすがに名無しのままは嫌だ。
何とかならない?
〔あなたの望む名前を、仮名として登録出来るよう……へ申請します〕
マジで?
言ってみるもんだね。
〔……へ、仮名の登録申請〕
〔……より、申請受理。仮名の登録が可能となりました〕
本当に、あなただけは味方だよ。
さて、何が良いか……って、もう決まっている。
私の前世の名前は「奥村 紗絹」だ。
実は私、自分の名前が気に入っている。
だから仮名とは言え、名乗る名前はすでに決まっているのだ。
〔あなたの仮名「サキ」を登録。ステータスを更新しました〕
早速、自分を鑑定してみる。
〔LV:1〕
〔名前:サキ(仮)〕
〔種族:魔王〕
ああ、仮名だから(仮)なのか。
うむ、仮名とは言え、やっぱりこの方が落ち着く。
名無しより、名前があった方が良いからね。
この時、私はステータスを見ながら歩いていた。
つまり、前方の確認が出来ていなかった。
目の前に迫っている危機に、私は気付けなかったのだ。