38 主従
カークの魔力を可視化した瞬間、私は終わったと思った。
カークの魔力は、この部屋の床を覆い尽くしていたのだ。
これはヤバい。
どうする? 逃げ場がない。
カークが使おうとしているのは、闇天魔術の黒霧だ。
この霧は、発動者以外のHPを根こそぎ奪い取る、名前からは想像もできないような極悪な魔術だ。
霧に触れなければHPも奪われないが、何しろ逃げ場がない。
発動まで猶予はあるものの、今からカークを止める時間もない。
どうする? 本当にどうする?
「闇天魔術、黒霧」
もう、これしかない。
私は床がへこむほど強く、地を蹴り飛び上がった。
私が居たところを、黒霧が覆っていく。
少し黒霧に触れたみたいだけど、何とか助かった。
もうすぐ天井だ。
空中で体を翻し、天井に着地。
……よし、上手くいった。
魔王のブーツの効果、壁や天井の歩行。
実は初めて使うけど、上手くいって良かったよ。
喜んでもいられない。
カークは今、私をロックオンしてる。
私が黒霧を避ける事は、ある程度読んでいたんだろうね。
たまたまだけど。
魔術なら、魔力の流れから着弾点を予想できるから避けられる。
黒霧はまだ消えてないから、地面に落とされたらアウトだ。
さあ、どう出る?
そう来たか。
カークは走り出した。
そして壁を蹴り、私の所までジャンプしてきたのだ。
何とか避けるも、カークが通り過ぎたあとの風圧が凄い。
天井にしがみついてないと飛ばされそうだ。
カークは着地し、再び壁を蹴って私の所へ。
カークは巨体だから、避けるのも一苦労だ。
そうでなくても、逆さ吊りの状態で頭に血が上りそうなのに。
そして、地面の黒霧が消える気配がない。
このままではカークに噛み砕かれるか、落ちて黒霧の餌食になるかのどちらかしかない。
どうしよう?
こうしよう。
悟られたら終わりだけど、何とかなるでしょ。
またしても飛びかかってくるカーク。
私が消耗して落下するのを狙ってるんでしょ?
だったら、望み通りにしてやろうじゃない。
カークが飛びかかる直前、私は天井から離れた。
当然、私の体は自然落下を始める。
そこへ迫る、カークの大牙。
イチかバチか。
魔王城の図書館のでは、魔素の流れに乗って飛ぶことができる。
それなら、俗に言う二段ジャンプができたって不思議ではない。
でも、今はそれを試してる隙は無いから、私なりの二段ジャンプをする。
かなり無理やりな方法を使うけどね。
氷塊魔法、氷晶壁。
これを足元に作り出し、それを踏み台にしてジャンプする。
正直、できるかどうか不安だった。
でも、結果的に擬似二段ジャンプをすることができたし、良しとしよう。
私のすぐ下を通り過ぎようとするカークの、ふさふさの毛皮にしがみつく。
地面に着地したカークは、私を振り落とそうとするけど、そうはさせない。
私は暴れるカークに、必死にしがみついていた。
「小娘が、何を考えている!」
「私の強さは分かったはずでしょ? 私はこれ以上カークと戦いたくないから、これで終わりって意味」
「……知っていたのか?」
「まあね」
地球の狼がどうかは知らないけど、この世界の狼は背中を取られると負けになる。
押さえつけられると、返す方法がないからだ。
群れのリーダーを決める時も、こうやって主従関係を築くらしい。
それはこの世界に住む狼の本能であり、いくら強くなり魔狼と呼ばれる存在となっても同じこと。
「さあ、地面の黒霧と、私の周りに作った魔力を消してくれないかな?」
「……分かった」
この状態で、私に魔術を当てようとしたのはさすがだね。
カークは黒霧と魔力を解除して、その場に座った。
いやはや、ステータス的にはそうでもないのに、なかなか苦戦したね。
魔狼の名は伊達じゃないってことか。