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#A3 対照的な双子

 私は、スキルと言うものが嫌いだ。

 このスキルが有るから強い、無いから弱いとか、このスキルが有るから有能、無いから無能とか、そう言った風習が大嫌いだ。

 だから私は、あえてスキルを得ずに、ここまでの強さを手に入れた。

 私がスキルを嫌う理由となったのは、間違いなく、今私と対峙しているアナスタシオスお兄様だろう。


 この世界に住む者の大半は、スキル至上主義者だ。

 それはお兄様も同様だ。

 そして私も、かつてはそうだった。



 我がレイクロフト家は、代々魔王様に仕えている。

 魔王様がかつての凶行に及ばないよう、軌道修正を行う為だ。

 だからレイクロフト家には、魔王様の次に強力な権限を与えられている。

 そして本来なら、私ではなくお兄様が、魔王様の側近になる筈だった。

 周りの者達もお兄様も、そして私も、お兄様が側近になる事を疑ってはいなかった。



 十年前のある日。

 私は、お兄様の部屋に呼ばれていた。

 お兄様の部屋には、勲章やトロフィーなど、お兄様のこれまでの功績が飾られている。

 しかし、お兄様はその事をひけらかす事もなく、上を目指すための単なる足掛かりにすぎないと言っていた。

 そんなお兄様に、私は強い憧れを抱いていた。



「ナーシャ、よく来てくれたね」



 ナーシャとは、私の愛称だ。

 私達が二人きりの時は、お兄様はナーシャと呼んでくれた。

 私はその事が、とても嬉しかった。


 私達は、いつだって比較されていた。

 どんなスキルでもものにして、使いこなしてしまうお兄様。

 対する私は、スキルの獲得もままならない落ちこぼれだと、貴族達から笑われていた。

 しかしお兄様は、そんな私を庇ってくれた。

 ナーシャにはスキル以外の、スキルではない別の魅力があると、泣いている私をいつも励ましてくれた。

 憧れは、いつしか恋心になっていた。


 実るはずのない、禁断の恋。

 決して実らぬ恋ならと、私はお兄様の役に立てるよう、私なりの努力を続けてきた。

 お兄様の為なら。 その一心だった。


 努力は実を結び、私とお兄様、どちらが次期側近となるのかと囁かれるようになっていた。

 それだけの実力を、私は身に付けていた。

 しかし、お兄様には遠く及ばない。

 それでも良かった。

 私が、お兄様の支えになれれば。 そう思っていたから。


 私はお兄様に促され、椅子に腰を下ろした。



「ナーシャ、お前に聞きたい事がある」

「はい、何でしょうか?」

「お前は私の事を、どう思っている?」



 予想もしていなかった問いに、私は赤面して俯いてしまった。

 そんな事を聞かれて、どう答えたらよいのか分からなかった。



「……変な事を聞いてしまったね、質問を変えよう」



 私はホッと胸をなで下ろした。



「ナーシャ。お前は私が、魔王様の側近に相応しいと思うかい?」



 お兄様以外に、魔王様の側近に相応しい者など、この世界に居るはずがない。

 私はお兄様の問いに、大きく頷いた。



「そうか。しかし、私はそうは思わない。私は、ナーシャの方が側近に相応しいと思っている」



 そんな事はないと抗議しようとしたが、お兄様に止められてしまった。



「ナーシャ。私は、ある理想を抱いているんだ。……いいや、正確には野望かな?」



 そこで私は、お兄様に野望を聞かされることになる。

 お兄様は、スキル至上主義者だ。

 それは、少し度が過ぎていると思うほどだ。

 自分に有利となりうるスキルは、余すことなく獲得している。

 何よりも上を目指す、お兄様らしい行動だ。

 そして、魔族の獲得出来るスキルでも、至上となるスキルが魔王のスキルだ。


 そう、お兄様は魔王になろうとしている。

 そして私を、側近として迎え入れたかったのだ。

 しかし、そんな事は出来ない。

 今代の魔王様が亡くなっても、そのスキルがお兄様に受け継がれる事はない。

 お兄様は続けた。



「私はスキルというものを研究してきた。無論、魔王のスキルについてもだ」



 お兄様は、一冊の古い本を取り出した。



「この本には、魔王のスキルの仕組みについて書かれている。もし、この本に書かれている事が本当なら。そして、私の考えている通りなら、私は魔王にだってなれる」



 今なら分かる。

 お兄様が持っていた本は、ノーネームだったのだと。



「私は、この世界が好きだ。だからこそ、人と魔は更なる団結力が必要なのだ。人と魔はひとつになるべきなのだ。その為には、魔王のスキルが必要なのだ」



 普段は冷静なお兄様が、声高らかに野望を語る。

 こんなお兄様、見たことが無かった。



「ナーシャ。可愛い妹よ。お前なら、私に協力してくれると信じているよ」



 お兄様は、私の頭を優しく撫でると、部屋から出て行った。

 私は途端に、ある恐怖心を抱いていた。

 お兄様がお兄様でなくなってしまう。 そんな恐怖心を。


 その日以来、私はお兄様と、顔を合わせる事が出来なくなってしまった。

 お兄様を止めたいという思いより、恐怖心の方が強かったから。



 そして私達の、運命を分かつ日が訪れた。

 私とお兄様は、玉座の間に呼ばれていた。

 周りには貴族達。

 何やら、神妙な雰囲気だった。

 私達は魔王様の前に跪く。



「レイクロフト兄妹よ。これより、側近任命の儀を執り行う」



 宣言はドラン公爵だ。

 側近任命、私達はその事を聞かされていなかった。

 何故、このタイミングなのか、嫌な予感がしていた。



「アナスタシオス・レイクロフトよ」

「はい」



 やはりお兄様か。

 これだけのスキルを持っているし、当たり前だろうと思っていた。

 しかし、次のドラン公の言葉に、私は耳を疑った。



「そなたを、王家転覆を目論んだ容疑で拘束する」



 意味が分からなかった。

 いったいお兄様が、何をしたと言うのか。

 するとドラン公は、あの本を取り出した。



「アナスタシオスよ、この本に見覚えがあるな?」

「そ、それは……」

「やはり、見覚えがあるのだな」



 ドラン公はやるせない表情を浮かべて、小さく溜め息をついた。



「そなたが野望を抱いている事は、早期から分かっていた事だ。だが私達は、あえて傍観していた。その野望が夢想だと、気付いてくれると願ってな」



 お兄様は何も言えなかった。

 全て、ドラン公の手の内だったのだから。



「だが、お前はこの本を見つけてしまった。この本を解読するために、古代字翻訳のスキルを獲得してしまった。野心家のお前の事、当然読んだであろう?」

「……はい、読みました。そして、内容も理解しております」

「この知識をもって、お前は何を成そうとした?」



 それだけは言ってはならない。

 私はお兄様を遮ろうとしたが、それをお兄様に止められてしまった。



「私は……魔王のスキルを得ようとしました」



 お兄様の言葉に、貴族達はどよめいている。

 魔王のスキルを得る。 それは、現魔王様を殺害する事と同義だからだ。

 お兄様にスキルは受け継がれないが、それでも何らかの方法を、お兄様は知っている。

 そしてそれを、ドラン公も知っていた。

 だから早期に手を打ったのだろうと、今なら分かる。

 しかし、当時の私には、それを理解する事など出来はしなかった。


 お兄様は地下牢に連れて行かれてしまった。



「アナスタシア・レイクロフトよ。そなたを、魔王様の側近に任命する」



 その後のドラン公の話は、全く耳に入らなかった。

 とても名誉な事だからこそ、私ではなくお兄様の方が相応しかったはずだから。



 それからしばらくは、側近としての目まぐるしい日々だった。

 少しの合間さえ無いほどだった。

 恐らく、私がお兄様に会えないようにするためだったのだろう。


 そして、瞬く間に一週間が経過してしまった。 ようやく時間を貰えた私は、お兄様が幽閉されている地下牢へ向かった。



「お兄様!」

「ああ、ナーシャか……」



 お兄様は酷く落ち込んでいた。

 お兄様は誰よりも人族と魔族の事を考えていた。

 あんな野望があったとは言え、魔王様への忠誠心だって人一倍だったはずだ。

 それが、こんな形で裏切られてしまったのだ。

 その落胆は、筆舌に尽くしがたいものなのだろう。

 そんなお兄様に、私はかける言葉を失ってしまう。



「ナーシャ、教えてほしい。私は間違っていたのだろうか?」



 私は、お兄様の問いに答える事は出来なかった。

 だって、間違っていたと答える事は、お兄様を否定する事と同じだから。

 だから、私に言える事はひとつだけ。



「……私は、お兄様を信じています」



 私は、地下牢を飛び出していた。

 悔しさから、涙が溢れて止まらない。

 スキルなんてものがあるから、お兄様は道を誤った。

 スキルなんてものがあるから、お兄様は野望を抱いた。

 スキルなんてものがあるから、お兄様は裏切られた。

 スキルなんてものがあるから。



 数日後、お兄様は国外追放となった。

 本来ならば、極刑に処されていたところだ。

 しかし、お兄様程の人材は稀であるため、また、お兄様はまだ若かったため、頭を冷やすと言う意味も込めて、国外追放となったのだ。

 五年経っても考えを改めなかった場合、永久追放となる。



「お兄様、必ず帰ってきてください」

「ああ、行ってくる」



 お兄様は護衛に連れられ、セラメリア王国を去った。


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