11 夜襲
魔王城でのパーティーは深夜まで行われた。
皆、魔王が無事帰還されたことを喜び、分かち合っていた。
そしていつしか、人々は眠りについていた。
「ケッケッケ。よく寝てやがる」
大広間に忍び込んだ、ひとりの男。
男は音消しの魔法を使い、悠々と大広間を歩いていく。
その事に、眠りについた人々はまったく気付かない。
彼らの食事には、眠り薬が盛られていたのだ。
それは男が仕込んだものだったが、念には念を入れて音消しの魔法を使っているのだ。
男は大広間の奥まで歩いていく。
目的の人物を連れ去るために。
「さあ、魔王さんよ。ナイト様のお迎えだぜ」
男の狙いは魔王だった。
男は舌なめずりをしながら、魔王に近付いていく。
「これも仕事だ。悪く思うなよ?」
「止まりなさい!」
男の前に立ちはだかったのはアナスタシアだった。
アナスタシアは抜刀したエストックを、男の喉元に突き付けている。
「なんだお前は? ……まあ良い。睡眠毒が効かねぇ奴くらい居るよな。想定内だ」
武器を急所に突き付けているのはアナスタシアの方だが、男は怯む様子もない。
アナスタシアの実力を見破ったうえでの余裕なのか、それともただの狂人か。
対するアナスタシアは、この男の実力を見破っている。
だからこそ、アナスタシアは慎重だった。
「貴方は何者なのですか。何が目的なのですか」
「そんな事はどうだって良いだろ? 邪魔さえしなけりゃ、お前は見逃してやるからよ」
男は喉元に突き付けられたエストックを、爪甲の着いた手で払おうとした。
しかし、アナスタシアはその手を、エストックで切り落とす。
「あ?」
切り口から鮮血が噴き出しているが、男はまったく怯んだ様子がなかった。
「私ひとりでは、貴方を捕らえる事は出来ません。今回だけは見逃しますので、今すぐ私の前から消えなさい」
男はひとつ溜め息をつくと、切り落とされた腕を拾い上げた。
そして不適な笑みを浮かべたかと思うと、切られた腕の切り口を合わせた。
そんな事をしたって、再生するはずがない。
「やれやれ、お堅い女は苦手だぜ」
そう言うと男は、傷口に向かって大量の紫色の液体を嘔吐した。
その紫色の液体は、摂取すれば数秒で死に至る劇毒だ。
それを男は、切り落とされた腕に嘔吐したのだ。
突然の光景に、アナスタシアは身動き出来ずにいた。
それもそうだろう。
腕を切り落とされても動じず、その傷口に劇毒を嘔吐した。
そして、切り落とされた腕が接着し、再生してしまったのだから、いくらアナスタシアと言え動揺を隠せるはずがない。
「狂人め!」
「オレは争い事が嫌いなんだ。さっきも言ったが、邪魔さえしなけりゃ見逃してやるよ」
この男は強い。
恐らく、アナスタシアよりも強いだろう。
だからこそ、アナスタシアは慎重だった。
しかし、この男を止めなければ魔王側近の名折れだ。
それ以上にアナスタシアは、魔王と言う名の少女を護りたかった。
「おいおい、やめてくれよ。何でやる気起こしてんだよ。オレの狙いは魔王であって、お前じゃないんだよ!」
「だからこそ、貴方を止めるのです!」
アナスタシアは男に斬り掛かろうとした。
しかし、背後から立ち上る殺気に、アナスタシアは咄嗟に振り返った。
「ま、魔王……様?」
「チッ、目が覚めやがったか! 早いとこ連れてかねぇと!」
魔王はブツブツと何かを呟きながら、ゆっくりと男に向かって歩んでいく。
アナスタシアは魔王を止めようとした。
しかし、ほとばしる殺気に近寄る事さえままならない。
「お、おいおい、何なんだこの殺気は?」
「私の……」
「あ?」
「私の眠りを妨げるのは、お前か?」
明らかに様子がおかしい。
コミュ障の魔王が普通に喋っている事もそうだが、それ以上にこの殺気。
これこそが、魔王の殺気なのだろう。
「私の眠りを妨げる者よ。その大罪、死をもって償え」
「い、いけない!」
危険を察知したアナスタシアは大きく飛び上がり、天井から吊り下げられたシャンデリアに掴まった。
アナスタシアが居た所を、黒い炎が駆け抜けていく。
「獄炎魔法、灼熱地獄の猛火」
黒い炎は男を焼き尽くさんと、巨大な火柱へと変貌した。
その光景はまさに、地獄の業火だった。
しばらくして、灼熱地獄の猛火は治まった。
あとに残ったのは、黒焦げた男だけだった。
ここで寝ている皆に、被害は無かったようだ。
アナスタシアはシャンデリアから飛び降り、男の生死を確認しようと近付いた。
すると、男は急に起き上がり、魔王とアナスタシアから大きく距離をとった。
「仕方がねぇ、今回は引いてやる。だが、次は無ぇからな!」
男は捨て台詞を吐くと、アナスタシアにも視認出来ない速度で逃げていった。
それと同時に、魔王は倒れてしまう。
「魔王様!」
アナスタシアが魔王に駆け寄り、容体の確認をする。
魔王はどうやら眠っているようだ。
特に異常も見られず、ホッと胸をなで下ろす。
結局、あの男は何者だったのか。
目的は何だったのか。
今はその答えを知る由もない。
しかし、警備は厳重にしなければならない。
アナスタシアは寝ている騎士達を叩き起こし、厳戒態勢をしくよう指示を出す。
今、世界が動き出そうとしている。
もしかしたらそれは、もう動き始めているのかもしれない。
そんな予感に一抹の不安を覚えたアナスタシアは、魔王を寝室に送りながら今後の方針を考えていた。