10 ただいま
セラメリア王国騎士団に護衛され、私は無事に魔王城に辿り着いた。
しかし残念なことに、良い言い訳はまだ思い付いていない。
だから私の、玉座の間へ向かう足取りは重い。
これだけ迷惑をかけたわけだし、どれだけ怒られるか分からない。
本当にどうしたら良いのか。
「魔王様!」
いきなり背後から呼ばないでもらいたい。
思わず、体がビクってなってしまったではないか。
まったく誰だと振り返ると、そこに居たのはイケメン君ことレイロフだった。
「魔王様、よくぞご無事で!」
お、おう。
本当に心配をかけてしまったようだ。
謝る、謝るからレイロフよ、人目もはばからず泣かないでくれないかな?
とりあえず風音魔法を使って。
「レイロフ、心配をかけた。私が悪かったよ。だから、泣くのをやめてもらえないかな」
「魔王様の危機に騎士団として参上致せなかった事、心より深く謝罪いたします!」
話が噛み合わねー。
いや、マジで泣かないでくれないかな?
これじゃあ私がいじめてるみたいじゃないか。
「ほら、顔を上げて。レイロフが来なかったことを責めたりしないから」
なかなか泣き止まないな。
仕方がない、このままにしておくわけにもいかないから、レイロフも連れて行こう。
ようやく泣き止んだレイロフは、玉座の間までエスコートしてくれた。
その間もずっと言い訳を考えてるけど、全然思い浮かばない。
言い訳をするなってことか?
しかし、アナスタシアには怒られたくないし。
「魔王様、着きました」
ああ、玉座の間に着いてしまった。
もう、腹をくくるしかないか。
でも、やっぱり嫌だな……今すぐ逃げ出したいな……。
レイロフが玉座の間の大扉を開いた。
もう、なるようになるしかないんだね。
玉座の間には、数名の兵士とアナスタシアの姿。
何か話してるけど、それはどうだって良いさ。
怒るなら早く怒ってほしいから。
長引くのは嫌だから。
「アナスタシア様、魔王様をお連れしました」
レイロフの声に、アナスタシアがこちらを見た。
怒ってるよね?
無断外出したんだから、そりゃあ怒ってるよね?
アナスタシアは私に気付くと、足早に私のところまで来た。
怖い怖い怖い怖い。
怒るのは良いけど痛いのはナシで!
「魔王様……」
怒られる。
私はギュッと目を閉じた。
しかし、アナスタシアから怒りの言葉はなかった。
その代わり、すすり泣くような声が聞こえる?
私はゆっくりと目を開いた。
アナスタシアはその綺麗な顔を、くしゃくしゃにして泣いていた。
いや、ちょっと待って。
どうして、アナスタシアが泣いてんの?
「良かった……。ご無事で、本当に良かった」
アナスタシアはそのまま泣き崩れてしまった。
予想もしていない状況に、私はどうして良いのか分からない。
普段からはまったく想像できない姿に、私は困惑していた。
私は泣いているアナスタシアの肩に、安心させるようにそっと手を置いた。
どうすれば良いのか分からないけど、私にはこれくらいしかできない。
「アナスタシア、心配かけてごめんなさい」
それは風音魔法ではなく、私の口から放たれた私の気持ちだった。
「魔王様。しばしのご無礼をお許しください……」
そう言ってアナスタシアは、私を優しく抱きしめた。
それはまるで、母親のようなぬくもりだった。
私のことを、こんなにも心配してくれる人達がいる。
それは、前世の私には得られなかったものだろう。
だから私は、今はこのぬくもりを堪能したい。
このぬくもりに甘えたいと、このぬくもりに応えたいと思った。
気付けば私も、涙を流していた。
それは、後悔や後ろめたさ以上に、このぬくもりに対しての涙だった。
「おかえりなさいませ、魔王様」
「ただいま、アナスタシア」
午後になって、カグラも帰ってきた。
アナスタシアはカグラに対して注意をしただけで、それ以上何を言うこともなかった。
今回の件に関しては、カグラに非がないから当然だろうが、カグラの表情は浮かなかった。
カグラは知らなかったとは言え、負い目を感じているのかもしれない。
近隣諸国に送っていた書簡に関しては、すでに送られたもの以外は全て回収されたそうだ。
魔王不在、それは世界情勢に関わることだからだ。
私を早く探すためとは言え、そんな書簡を送るのは明らかに愚策だったとアナスタシアは語っていたが、その様子から察するに相当テンパっていたのだろう。
いや、これは本当に悪いことをしたと反省している。
ちなみに、書簡が送られたのはサクラノ王国と、ロムルス国と言う魔族側の小国だそうだ。
ロムルス国の動向には注意を払うようアナスタシア指示していたが、今はそのことは良い。
何故なら今夜は、私が無事に帰ったことを祝したパーティーだからだ。
悪いことをしたのにパーティーとか、さすがの私でも気が引ける。
でもさ、あんなに楽しそうにパーティーの準備をしているアナスタシアを見ると、そんなこと言えないじゃない?
だからさ、今夜のパーティーに参加して思いっきり楽しむことが、アナスタシアの想いに対する応え方だと思うんだよね。
だから私は、羽目を外しすぎない程度に、今夜のパーティーを楽しむのさ。
ふふふ、待っていろよ美味しい料理達。
私がじっくり味わってやるからなー!
魔王様の様子をうかがう、2人の影。
ひとりは蛇のような男。
もうひとりは貴族だ。
「ケッケッケ! せいぜい楽しむが良いさ。最後の晩餐ってやつだ!」
「おい、分かっているのだろうな? 絶対に生きたまま連れてくるのだぞ?」
「あ? オレ様を誰だと思ってやがる。お前等のようなクズで無能な貴族とは違うんだよ!」
「き、貴様ッ!」
貴族が剣を抜くより速く、蛇のような男は爪甲を喉元に突きつけた。
貴族の額に冷や汗が流れる。
「おいおい、ただのジョークを真に受けるなよ。オレ達はビジネスパートナーだ。仲良くしようぜ?」
蛇のような男は不適な笑みを浮かべている。
「安心しろよ、オレはしくじらねぇからよ。だからお前も、約束は守れよな?」
「あ、ああ、分かった」
「そうだ、それでいい。さあ野郎共、狩りの時間だぜ!」