#A2 懺悔
どれだけの間、気を失っていたのだろうか?
誰かが私の体を優しく抱き上げ、私の名前を呼んでいる。
朧気なその声は儚くて、優しかった。
ゆっくりと目を開くと、そこには天使がいた。
ああ、天使様。
私が若い男性にうつつを抜かしていたばかりに、たくましい体を見て悶々としていたばかりに、この様な事態を引き起こしてしまいました。
今までの罪を悔い改めます。
男性にうつつを抜かさないと約束します。
だから、魔王様を……。
「アナスタシア様!」
ハッと我に返る。
今のは……夢?
辺りを見ても、天使は居なかった。
私の体を抱き上げている者に目を向ける。
「ああ、良かった。目が覚めましたか」
それは、図書館の司書補であるロロだった。
ああ、そうか。
私は、魔王様が無断で外出した事にショックを受けて、気を失ってしまったのか。
まったく、不甲斐ない姿を見せてしまったようだな。
しかし何故、司書補であるロロが魔王様の部屋に?
……いいや、今はその事はいい。
それより。
「ロロ! 魔王様を見ませんでしたか!?」
「うぇ!? あ、あの……」
「どうなのですか! 見たのですか! 見てないのですか!」
「み……見てません」
「そう……ですか」
ロロはひどく怯えていた。
私としたことが、こんな天使のような美少年に怒鳴ってしまうとは。
魔王様不在で、相当気が動転してしまっていたのだろう。
先ほど懺悔をしたばかりだというのに、私とした事が不甲斐ない。
「あ、あの、アナスタシア様……ボクは女ですよ?」
「……はい?」
彼は何を言っているのだろう。
こんなに可愛い美少年が女の子のはずがない。
「ア、アナスタシア様、目が怖いです。そ、そう言えば、魔王様を探していらっしゃったようですが?」
ロロにそれを言われて我に返る。
そうだった、こうしてはいられない。
魔王様の行方を探さなければ。
他国へ捜査協力の書簡を送り、城内での聞き込みを行った。
しかし、魔王様の手掛かりとなる有力な情報を得ることが出来なかった。
城の見回り兵は、魔王様の寝室の窓が開かれたのは見たが、そこから降りる姿は見ていないと言っていた。
だとすれば、開かれた窓や外に向かって垂らされたシーツは、フェイクだったのだろう。
何のためって、そんな事は決まっている。
それは私が、外出を厳しく制限していたせいだ。
事ある毎に、魔王様は外へ出たいと言う表情を私に向けていた。
私は魔王様の訴えを、頭ごなしに否定していた。
私でもやりすぎだとは思っている。
しかし、私は……。
先代の魔王様が亡くなってからずっと、私は孤独と戦っていた。
私は魔王様の側近だ。
私にとって魔王様とは、私の人生そのものだ。
魔王様の人生は、私の人生なのだ。
それなのに、本来ならすぐに現れるはずの次期魔王様が、数年間不在だった。
私は不安だった。
もし、次期魔王様がこのまま現れなかったら。
そんな事、考えられなかった。
考えたくもなかった。
不安で不安で、その不安に押し潰されそうだった。
しかし、皆の前では気丈に振る舞わなければならない。
私は、ずっと孤独と戦っていた。
そんなおり、カグラのお陰でついに魔王様を見つけだす事が出来た。
私は安堵感と孤独からの解放感から、人知れず涙を流していたほどだ。
だからこそ私は、二度と魔王様を失いたくなかったのだ。
だからこそ私は、魔王様に対して過剰なほど外出を禁止していたのだ。
その結果がこれだ。
まったく、我ながら笑える展開だ。
しかし、だからと言って私はどうすれば良かった?
どうすれば、この様な事にならなかったのだろうか?
私は、魔王様の寝室から夕陽を眺めながら、答えのでるはずのない問いを考えていた。