07 ミヅチ
私はカグラに連れられて、立派なお屋敷に足を踏み入れた。
外装は立派だったけど、内装も立派だった。
煌びやかな装飾はなく、一見質素に見えなくもないが、壁や柱の模様には匠の手腕が見え隠れしている。
日本の文化遺産に来てるようだ。
いやはや、これはもう凄いの一言だ。
これだけ凄いのに落ち着くのは、私が元々日本人だからなのだろうね。
さて、長い廊下の突き当たりには、白地に桜の描かれた襖。
何だか、質素なのに威厳を漂わせているような、不思議な感覚に包まれる。
カグラも緊張しているのか、小さく息を吐く。
そして意を決したカグラは襖を開いた。
襖の先は広間になっていた。
時代劇なんかでよく見るあれだ。
その奥には、白髪交じりの髪を束ねた、人当たりの良さそうな和装の男性と、綺麗な黒髪に簪に和服と、平安貴女のような女性が座っていた。
私達はそんな2人の前へ行き正座をした。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
カグラが深く礼をする。
やっぱりご両親だったか。
男性の方は年相応だけど、女性の方はカグラの母親にしては若過ぎやしないか?
20代前半だと言ってもまかり通ってしまいそうだ。
「カグラ、帰ってきてくれて何よりです」
「魔王城で宮廷術士に就いてからというもの、学ばねばならない事が多々あり、手紙を出す事を失念してしまいました。申し訳ありません」
堅い、堅いよカグラ。
親子の会話なんだから、もっとフランクでも良いじゃない。
「ほら、だから言ったではありませんか」
「……カグラちゃんの事が心配だったのだから、仕方があるまい」
カグラちゃんって……なるほど、お父様は親馬鹿でしたか。
娘が手紙も寄越さず心配になったお父様。
しかし、自分が手紙を出すのは恥ずかしかったから、お母様に手紙を書いてもらった。
そう言う事ですよね?
「カグラが元気なようで、わたくしは何よりですわ。ところで、隣の女性は?」
私だね。
今こそ、練習の成果を見せる時。
私は少し前に行き、両手を前に添えて礼をした。
「お初にお目に掛かります。私の名はマオ。カグラの友人に御座います」
マオと言うのは、私がお忍びで出掛ける際の偽名だ。
魔王→マオだ。
安直だけど、あまり変な名前を名乗っても混乱するだけだから問題なし。
「まあ、ご友人の方でしたか」
「はい。本日は、カグラが里帰りをするとの事で、私も御同行させていただいた次第に御座います」
「ご丁寧な方ですわね。わたくしはカンナ・ミヅチ。カグラの母親です。そしてこちらが、ソウリュウ・ミヅチ。カグラの父親です」
カンナさんとソウリュウさんね。
よし、登録完了。
さっきからカグラは驚きっぱなしだけど、これは神経使うから無視するよ?
「まさか、娘に魔族のお友達が出来るなんて、わたくしは嬉しいですわ」
「私もカグラと友人になれて、嬉しい限りで御座います」
カンナさんはニコッと微笑むと、カグラの方へ顔を向けた。
「カグラ、せっかくお友達がいらしたのですから、彼女に屋敷の中をご案内して差し上げなさい」
「……はい、分かりました」
カグラに連れられて広間を退室する前に、もう一度深くお辞儀をしておく。
2人には好印象だっただろう。
終始にこやかな笑顔だったし、怪しまれてもいないはずだ。
「サキさん、あれは一体どういう事ですか!」
私達は今、カグラの部屋に居る。
そしてカグラに問い詰められている。
それもそうだ。
私にはコミュ障のスキルがあるにも関わらず、カグラのご両親とあれだけ流暢に会話をして見せた。
色々と疑惑はあるだろうけどカグラさん、顔が近いので何とかしてもらえませんかね?
「誤魔化さないで、ちゃんと説明してください!」
分かった分かった、ちゃんと種明かしをするから。
だからもうちょっと離れてもらえませんかね?
私にはコミュ障のスキルがある。
それは今も変わらず、友達になったカグラが相手でも、まともに会話をすることができない。
アナスタシア達は、私の表情から言いたいことを察してくれるが、それも限度がある。
そもそも初対面の相手だと、何も喋らない私は失礼に当たるかもしれない。
そこで色々と模索した私は、風音魔法に目を付けたのだ。
風音魔法とは、音を司る魔法だ。
カグラに魔法の基礎を教わったあと、図書館の魔導書を読みあさっていた時に偶然見つけたものだ。
あまりメジャーな魔法ではないものの、使い勝手は良さそうだったから覚えておいた。
その風音魔法の中に、声送りと言う魔法が存在した。
自分の声を離れた場所で発声させる魔法で、元々はダンジョンなどで敵の注意を引くための魔法だ。
この魔法を詳しく調べてみたところ、言葉や発声場所をあらかじめ指定することができると気付いた。
言葉は長文も設定可能で、音量の調節機能もついていた。
だったら、やる事はひとつしかない。
私はカグラと行動を共にしていた間、カグラの両親への挨拶文を、声送りに登録していたのだ。
実際に声に出さなければ声送りに登録できないが、風音魔法には音消しなんて魔法もある。
それらを複合させて、私は挨拶文を登録していたのだ。
あとは、声送りの音量を調節して、私のすぐ近くから挨拶文を発声させるだけ。
こうする事によって、コミュ障の私があたかも会話をしているように見えるのだ。
会話をしているように見えるだけであって、予期せぬ質問には答えられないのが欠点だけどね。
私の説明を聞いたカグラは、呆れたような溜め息をついた。
いや、カグラの言いたいことも分かるよ?
でもコミュ障スキルは思った以上に厄介だったんだから仕方がないじゃない。
魔法経由とは言え、あれだけ見事に会話が成立してたんだから、コミュ障脱却の大きな一歩だと私は思うのだよ。
「何だか……もういいです。サキさんはサキさんです」
あ、これは完全に呆れられてるわ。
でも分かってほしい。
コミュ障スキルは本当に厄介だから、今のところ他者との会話には、風音魔法しか方法がないのだよ。
「分かりました、サキさんは努力家なんですよね」
わお、全部棒読み。
絶対そんなこと思ってないよね?
「話を変えます。サキさんは、この後どうするのですか?」
カグラの部屋に射し込む西日が目にしみる。
もうそんな時間になっていたのか。
今から帰ろうとしても夜道を歩くのは怖いから、ここに泊めてもらうのが一番だと思うの。
「そんな!」
大丈夫、迷惑はかけないからさ。
お願い、か弱い友人を助けると思って、ね?
「……分かりました、お父様とお母様に掛け合ってみます。ですが、もし駄目だったら、大人しく宿屋を使ってくださいね?」
ありがとうカグラ。
やっぱり、持つべきものは友だよね。
しばらくしてカグラが戻ってきた。
さて、どうだったのかな?
「是非とも泊まっていってくださいだそうです」
カグラのお父様、お母様、ありがとうございます。
そうと分かれば、お礼の言葉を声送りに登録しないとね。
カグラは浮かない顔をしてるけど、きっと気のせいに違いない。
泊めてもらえるだけでもありがたいのに、夕食までご馳走になってしまった。
私のことを気に入ってくれてるみたいだけど、さすがに気が引ける。
気が引けるけどお残しは失礼だから全部平らげてあげました。
やっぱり和食は最高だ。
夕食後はカグラと一緒にお風呂タイム。
そう、お風呂までいただいてしまったのだよ。
もう見事なヒノキのお風呂でした。
さすがにお風呂までいただけないと断ったけど、カンナさんに「あなたは年頃の娘なんだから、お風呂に入らないといけませんよ?」と、ゆるふわな感じで叱られてしまった。
あの人は常にゆるふわな感じがしていて、彼女に言われたら逆らうことが出来ない。
それでいて、色々としてくれる事が恩着せがましくないのが不思議。
カグラが緊張していたのは、もしかしたらカンナさんのせいなのかもね。
お風呂をいただいたあとは、カグラの部屋で色々とお話をする予定。
カグラの方から話があるみたいだから聞いてみる。
まぶたがすごく重いけど、頑張って聞いてみる。
でも、先に言っておく。
寝落ちしたらごめんね?